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だがすぐに、ツカサはカナタの言葉を理解する。
「んっ? ちょっと待って? 今、カナちゃんは『今日』って言った?」
「言いましたよ」
「じゃあ、今日はカナちゃんに触っちゃダメなのっ?」
「──そうなりますね」
「──そんなッ!」
思わず、ツカサは床に倒れ込みそうになった。カナタからの『正座』という命令がなければ、情けなく倒れていただろう。
正座のままズゥンと落ち込んだ後、おもむろにツカサは立ち上がった。
「あっ、ちょっと! まだ正座──」
「食器、片付けなくちゃ。それに、カナちゃんもお風呂に入らないとでしょ? たぶんそろそろ、マスターもウメも上がってるだろうからさ」
覚束ない足取りで、ツカサは食器を載せたトレイを手にする。
「……ねぇ、カナちゃん」
しかし一度だけ、ピタリと足を止めた。背を少しだけ丸めて、声から覇気を失い……しかしそれでも、振り返らずに。
「今日は絶対に触らないから、床でもいいし部屋の隅っこでもいいから。せめて……一緒の部屋で寝ても、いい?」
この感覚を、カナタは知っている。学生の頃、下校途中で捨て犬を見つけた時と同じだ。
捨て犬に見て見ぬフリをした後の、言葉にはできない罪悪感。それと、全く同じだった。
しっかりと反省し、それでいてカナタの怒りを汲んでくれている。今までのツカサからは想定できない譲歩だ。
カナタは思わず、ツカサに手を伸ばしかける。だが、慌ててその手を引っ込めた。
「……床も部屋の隅っこも可哀想なので、同じベッドでもいいです。でも、触るのは駄目ですよ」
「うん、分かった。……ありがとう、カナちゃん」
振り返ったツカサは、どこか悲しそうに笑っていた。
そのままトレイを持ち、ツカサはカナタの部屋から出て行く。
閉じられた扉を見て、カナタは大きなため息を吐いた。
「……ちょっと、意地悪しすぎちゃったかな……」
本当は、ここまで怒るつもりなんてなかったのに。引き際が分からなくなったせいで、必要以上に事態を悪化させた気がする。
それでも振り上げた心の拳はどうにもできず、張り続けた意地だって引っ込められない。カナタは自分の狭量ぶりが、酷く惨めに思えて仕方なかった。
「明日の朝になったら、オレも謝らなくちゃ……」
枕元に置いていたモグラのぬいぐるみを、カナタはなんのけなしに持ち上げる。
「みっともないところ見せちゃって、ごめんね。もっと、大人にならなくちゃ……だよね」
どれだけ話しかけても、ぬいぐるみは返事をしない。腹の虫だって、今ではすっかり静かなものだ。
あそこまで落ち込んだツカサを、今思えばカナタは初めて見たかもしれない。それほどまでに、カナタはツカサを【怒り】という言葉に隠した【プライド】によって傷つけたのだ。
「カッコ悪いなぁ、オレ……」
それでもツカサは、真摯にカナタと向き合ってくれた。考えれば考えるほど、ツカサがモテてしまうのは当然のように思えてならない。
……しかし、今度からは『彼氏です』と言って、断ることができる。きっともう二度と、こうしたことで一方的に怒ってしまうことはないだろう。
「……よしっ! 明日から、もっと頑張るぞっ!」
聞いている相手がモグラのぬいぐるみだけだとしても、カナタは声に出して気合いを入れた。
明日はもっと、積極的に。ツカサを待つのではなく、自分から気持ちを伝えよう。
そう決意し、カナタは入浴のために着替えの準備を始めた。
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