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 なかなか、苦しい状況か。  ……と言うよりも、完全に失敗かもしれない。ペンギンのぬいぐるみを持つカナタの手から、自信消失と共に力が抜けていく。  このままでは、明日からもツカサは一人で抱えてしまう。それだけは、どうしても避けたかったと言うのに。  カナタが諦めかけて、ぬいぐるみが俯く。  ──その時だ。 「──俺さ、彼氏がいるんだ」  ベッドが、ゆっくりと沈んだのは。  唐突に、ベッドが沈んだ理由。……ツカサが、ベッドに腰を下ろしたのだ。  ツカサはベッドに座り、ペンギンのぬいぐるみを掴むカナタの手をそっとつつきながら、言葉を続けた。 「凄く可愛くて、目に入れても痛くなくて。むしろ目に入れたいくらいだし、と言うか俺を目に入れてほしいくらいだし、もうとにかく可愛くて可愛くて可愛すぎて堪らない彼氏」 「へっ? あ、あの……っ?」 「黒い髪は艶やかでキレイで、無垢な瞳は宝石みたいなんだよ? コロコロ変わる表情も本当に可愛くて、だけど時々男らしいところもあってさ? ホント、俺には贅沢すぎるくらい最高の彼氏。……あと、他にも──」 「──のっ、ののっ、惚気はいいから本題を言うのじゃですっ!」  予告なしに始まった、ツカサのツカサによるツカサのためだけの惚気大会。強制参加となったペンちゃん──もといカナタは、毛布の中で顔を真っ赤にする。  毛布の膨らみに手を伸ばしたツカサは、ニコニコと楽しそうに笑っていた。 「あはっ、可愛い~っ。俺の彼氏──じゃ、なくて。ペンちゃんかわ──……いや、ムリだよ、ムリ。俺、カナちゃん以外に『可愛い』って言えないや」 「もうっ! 本題に移ってくださいですじゃよっ!」 「あっははっ!」  随分と、ご機嫌だ。むしろ、不安になってしまうほど。  わざとらしいほど明るいツカサの言動を感じながら、カナタは薄々気付いていた。 「悔しいけど、認める。……ペンちゃんの言う通り、俺には悩みがあるよ。そのせいでここ数日、カナちゃんに心配をかけていたのも分かっていた。だけど、それでもどうにもできないほど……俺は、切羽詰まっていたのかもしれないね」  ツカサが、カナタに【悩み】を打ち明けようとしている、と。  毛布越しにカナタを撫でるツカサの手は、やはり弱々しい。撫でられているというのに、思わず不安になってしまいそうなほどだ。 「俺が自分で、カナちゃんを『あの人に紹介したい』って言ったのに。……こんなのって、あんまりだよね。カナちゃんからすると、ホント……こんな俺は、良くないよ」  毛布から、カナタの手へと。ツカサの手が、移動する。  依然として冷えた指は、まるで甘えるようにカナタの手を握った。 「……あのね、カナちゃん。情けない俺の心象を語るのは恥ずかしいけど、それでも聴いてほしい。キミには知ってもらいたいし、分かってもらいたいんだ。だから……話しても、いいかな?」  ツカサに握られた方の手はすぐに、ぬいぐるみから手を離す。 「はい。聴かせて、ください」  答えてから、ツカサの手を握るために。  カナタに手を握り返されたツカサは、小さな笑みを浮かべた。  それから「ありがとう」と呟き、ツカサは……。 「俺はね、カナちゃん。あの人を前にして、自分がどうなるのか。……予測がつかない【俺】を、カナちゃんに晒すのが……少しだけ、不安なんだ」  ようやく、ここ数日の【悩み】を口にした。 「──俺にとって最大の懸念事項はね? あの人を前にした俺を見て、カナちゃんが俺をどう思うのか。……ただ、それだけなんだよ」

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