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 手を握り合ったまま、ツカサはさらに言葉を重ねる。 「カナちゃんがご両親に俺を紹介してくれたように、俺もカナちゃんをあの人に紹介したいと思った。これは、見栄とかムリをしたとかじゃなくて、本当に本心だったよ。……だけど日が経つにつれて、臆病な俺は浮かれていた俺の眼前に、理性を連れてきた。あの人とのエピソードまで引っ張ってきた臆病者は、強がりな俺に問うんだよ。『あの頃の俺を、カナちゃんに晒せるのか』って」  以前、ツカサは免許証に映っている自分の顔を『暗黒期の酷い顔』と言っていた。それはおそらく、ツカサが【他人だけではなく身内までをも】信用できなくなっていた時期のこと。  今、ツカサが母親と再会すれば。その頃のツカサに、戻ってしまうのかもしれない。  しかし、ツカサが不安を抱いているのは【戻ること】ではなかった。ツカサが不安を抱き、悩み、塞ぎ込んでいるのは別件。  ──醜く成り果てるかもしれない自分を、愛する人に見られること。それだけが、ツカサにとっての懸念事項だった。 「ずっと、カナちゃんは変わることの素晴らしさを俺に説いてくれていた。それはこれからもずっとそうで、俺はそんなカナちゃんに応えたい」 「ツカサさん……っ」 「だけど、過去は。既に起こってしまったことは、変えられない。今の俺が変わったとしても、過去の俺が感じたものは消えたりしない。だからどうしても、一歩が踏み出せないんだ」  ……重い。  あまりにも重たくて、ツカサが分けてくれたほんの少しの重みだけで、カナタは潰れてしまいそうだった。 「これは、どうしようもなくて不必要な思考だね。そうと分かっているつもりでも、ヤッパリ俺の内側は汚くて、醜くて……。……最近の俺はきっと、そんな【過去の俺】が滲み出ていたのかもしれないなって思うと、ヤッパリ気が滅入ってさ。……ずっと、それの繰り返しだったよ」  トン、トン、と。少しずつ乗せられていく心の重みに、カナタは涙が出そうになる。  ──それでもカナタは、ツカサの手を決して離さない。 「そんなこと、不安に思う必要なんてないですよ……っ」  確かに、カナタは過去のツカサを知らなかった。こうして打ち明けられて初めて、カナタが想像していた【確執】よりもツカサと母親の溝は深いのだと。そう、ようやく気付いたのだから。  だとしても、カナタはツカサから離れようとは思わない。 「──オレは今のツカサさんが好きですけど、過去のツカサさんだって好きになりたいんです。……だから、ツカサさんが不安に思うことなんてなにもありません」  カナタの気持ちは既に、ツカサを愛し続けると決めているのだから。  強まった手の力に、ツカサがどんな顔をしたのか。依然として毛布の中に包まっているカナタには、確認できない。  ……しかし、返ってきた言葉でなんとなく、想像はできた。 「あれっ? なんだか今のペンちゃん、俺のカナちゃんみたいな口調だったなぁ?」 「ハッ! なっ、ないのじゃよっ!」 「あははっ! なにそれ、面白いっ!」  ──楽しそうに笑うツカサの声が、なによりの証拠だ。  カナタは片手だけでぬいぐるみを掴み、その体を上下にブンブンと動かす。 「カナちゃんはきっと──絶対、確実に! お主のことを嫌ったりしないし、幻滅するなんてこともありえないのじゃ! お主が思っている以上に、カナちゃんはお主のことが好きなのじゃよ!」 「って言われても、今日初めて喋ったぬいぐるみ相手に力説されただけじゃ、生憎と説得力に欠けるよねぇ。カナちゃんが俺を凄く好きだっていう、なにか分かり易い証拠はないの?」 「──毛布に潜ってお主の匂いに包まれただけでドキドキするくらいには大好きなのじゃよっ! ものすごく、心臓がバクバクなのじゃっ!」 「──わぁ~っ、不思議と凄い説得力だねぇ~っ」  すっかりご機嫌になったらしいツカサが、ベッドの上で動く。見なくても、ベッドの揺れで分かった。 「ホントに、そうだと嬉しいな」  そう言い、ツカサは毛布の膨らみに手を伸ばす。 「……そろそろ、毛布をめくってもいいかな。キミの顔が見たいよ、カナちゃん」  甘えるような声音に、カナタは毛布の中で小さく震えた。  ……もうこれ以上、ヘタな人形劇を続ける必要はなさそうだ。  そう判断したカナタは求められるがまま、毛布の中からチラリと、顔を覗かせた。

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