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翌朝の、ダイニングにて。
「──今日、さ。……今日、俺とカナちゃんを午後から、休ませて」
ツカサは椅子に座るマスターとウメを見下ろしながら、ほんのりと申し訳なさそうな声を出しつつ、そう頼んでいた。
カナタは、ツカサの発言にどういった意味が含まれているのかを理解している。……母親に、カナタを紹介するためだ。
「ツカサさん……っ」
不安そうな声を、カナタは漏らす。
二人の様子を見て、マスターとウメはなにかに気付いたのだろう。二人共、そっと瞳を伏せていた。
……そんな中、ウメが口を開く。
「──やけにしんみりとした空気を醸し出しているけど、アタシたちが承諾しないとその手に持った朝食をテーブルに並べないつもりだろう?」
──相変わらずすぎる応酬に対する苦言を、呈するために。
現在、食卓テーブルには食事が二人分だけ並んでいる。ツカサと、カナタの分だ。
ならばマスターとウメの朝食はどこにあるのかと言うと、ウメの発言が答えだった。
「イヤだな、ウメ。俺をなんだと思ってるのさ」
「──【人の皮を被った鬼】だよ」
「朝食くらい与えるよ。……ただ、俺たちの休みを許諾しなかった場合。お前とシグレの料理には【特別なドレッシング】をかけるだけで」
「──ヤッパリ悪鬼じゃないか」
ほの暗く笑うツカサの両手には、二人分の朝食が。……これこそが、マスターとウメの朝食だった。
……ちなみに蛇足ではあるが、先ほどカナタが不安そうな声を漏らしたのはツカサが母親に抱く気持ちについてではない。朝食を持ったまま二人に【意地悪】をするツカサに対してだ。
不思議と不必要なほど緊迫している状況下で、カナタはふと、ツカサの発言に違和感を抱いた。
「えっ? 特別な、ドレッシング? ……あの、ツカサさん。なんで、オレには【特別】をくれないんですか?」
「カナちゃん、もしかしてヤキモチ? 嬉しいなぁ、可愛いなぁっ。……だけど、ごめんね? どうしてカナちゃんにはこの【ドレッシング】をあげられないのか、今からマスターで証明するから待っていて?」
「──ギャアァッ! ワシ分かる! 意味として【特別】と【好意】がイコールじゃないとワシ分かる! じゃから、ワシは絶対に食わんぞォオッ!」
名指しを受けたマスターは『ビクーッ!』と大袈裟に見えるほど体を震わせている。……状況をうまく理解できていないカナタにとっては、疑問しか残らないが。
ヒンヒンと泣き始めた旦那を無視して、ウメがすぐに神妙な面持ちでツカサを見上げた。
「……決めたのかい?」
短い問い掛けを投げるウメに、ツカサは冷めた目を向ける。
「あぁ、決めたよ。お前からの同情と憐憫にも、そろそろ殺意が湧きそうな頃合いだったからね。……全部、清算するよ」
「いちいち余計な言葉が多い奴だね、まったく。……で? 場所は?」
「不思議と、憶えているよ。……って言うか、お前さ? その『心配しています』って態度、やめてくれない? お礼にこの【ドレッシング】を馬鹿げたその口に突っ込みたくなるだろ?」
「ほんっとうに賢くなったねぇ」
どうやら、ウメにはツカサの考えが伝わっているらしい。泣きじゃくるマスターをどうしたものかと考えあぐねているカナタでも、不思議とそれだけは理解できた。
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