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結局なにも用意ができなかったカナタは、ツカサと共に車へ向かった。
すぐにツカサはエンジンをかけ、そのままげんなりとした表情を浮かべ始める。
「うっわ。マジでエンプティ点いてる。このまま放っておくとか、意味分かんない。だから嫁にも【逃げるような旅行】をされるんじゃないの?」
母親と会う前から、ツカサの機嫌が悪くなってしまった。このままツカサを放置しておくと、必要以上に最悪の出来事が繰り広げられてしまうかもしれない。
「えっと、えーっと。……わっ、わぁ~いっ! ツカサ君とガソリンスタンドに行けるなんて、オレ嬉しいなぁ~っ! ……なんちゃって、えへへっ」
即座にカナタは、ツカサのご機嫌取りを始めた。……嫌な慣れではあるが、内気で気弱なカナタもツカサの扱いにはかなり慣れてきたのだ。
困った様子ではありながらも、助手席でカナタが可愛いことを言いながら笑っている。ツカサはチラリとカナタを見た後、すぐにエンプティランプを見つめて……。
「……確かに、カナちゃんとガソリンスタンドに行ったことはなかったね。じゃあ、今回はマスターの愚行に感謝──まではいかないけど、せめてお咎めはナシにしてあげようかな」
溜飲を、下げてくれた。
マスターに点きかけた人生のエンプティランプが、なんとか消灯されたらしい。カナタは大きく息を吐いた後、心の底から安堵した。
「そんなに距離はないけど、先ずはガソリンスタンドに行かないと。……ごめんね、カナちゃん? バカのせいで、無駄足踏ませちゃって」
「ぜっ、全然ですよっ! ツカサさんと【初めて】行ける場所なら、オレはどこだって嬉しいですからっ!」
「はじ、めて。……そっか、そうだよね。【俺たちの初めて】だ」
「ですっ、ですっ!」
ツカサの口元が、嬉しそうに緩んでいる。
「そうだ。コンビニか、それかスタンドにある自販機で飲み物でも買おっか。何本でも買ってあげるよ? ……バカのサイフで」
「ツカサさん、本当にマスターさんのことを赦してくれましたか?」
「クレジットカードは使ってないでしょ?」
「そっ、そう、ですね……」
車を走らせたツカサの口角は上がっているものの、やはり心根からマスターを赦したわけではなかったらしい。なんとも分かり易くて分かりにくい恋人を見て、カナタはまたしても息を吐いた。
不意に、前を向いたままのツカサが口を開く。
「そう言えば。……カナちゃん、前に『免許を持っていない』って言ってたよね? じゃあ、給油もしたことない?」
「確かに……言われてみると、ないですね」
「じゃあ、やってみよっか。俺が手取り足取り教えてあげるからさっ」
顔を上げて、カナタは運転席に座るツカサを見る。
「給油って……危なくない、ですか? オレ、セルフスタンドって行ったことなくて。両親はいつも、店員さんに給油してもらっていたので。だから、勝手が分からないです……」
「そうなの? じゃあ、本当に初めての場所だね」
信号で止まり、ツカサはカナタを振り返った。
「──俺がカナちゃんの【初めての相手】で、嬉しいよ」
……深い意味は、ナシ。ツカサの、噓偽りない本心からの言葉だ。
ニコニコと楽しそうに笑うツカサを見て、あまりにも真っ直ぐすぎる言葉を受けたカナタはと言うと……。
「……ツカサ君の、エッチ」
「えっ、なんでっ?」
意味深に聞こえる言葉を拡大解釈しすぎたせいで、話題に似つかわしくない反応を返してしまった。
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