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 初めての給油を終えたカナタは今、助手席にてほっぺたをパンパンに膨らませていた。 「ごめんね、カナちゃん? まさかカナちゃんが、外でくっついたらこんなに恥ずかしがるなんて思ってなかったんだよ」 「理由はそれじゃないですっ!」 「えっ、そうなのっ? じゃあ、なんだろう。……あっ、分かった! あれだけくっついたのなら、責任を取ってキスのひとつくらいしてほしかったのかな? まったく、俺のカナちゃんは可愛くて仕方ないね。欲しがりさんなカナちゃんもモチロン、俺は心から愛しているよ」 「そっ、それも違いますっ! 顔を近付けちゃ駄目ですよっ! 他の人から見えちゃいますっ!」  いい声を出してカナタを籠絡しようとしているツカサの肩を、カナタは力任せに押し返す。  なにが一番、ツカサのたちが悪いかと言うと……これらの言動全てが本心で、揶揄いが一切ないという点だ。真剣に考え、真剣にカナタを口説いているからこそ、カナタにはいい対処法が思いつかない。 「照れ屋さんなカナちゃんも可愛いなぁ。……はいっ、お茶。これで仲直りしよう?」 「オレ、そんなにお手軽な男じゃないですよ」 「そう言うと思って、とりあえず自販機にある飲み物を全部買おうと思って──」 「──そんなには要らないですっ!」 「って言われると思ったから、ありったけの想いを込めてお茶だけにしたよ」  語尾に『俺って健気だよね?』と付きそうなくらい、ツカサはピュアな顔をカナタに向けている。  ここまで楽しそうにされると、さすがに怒り続けるのも馬鹿らしい。カナタはお礼を言いながら、ツカサからペットボトルのお茶を受け取った。 「さて、と。……可愛いカナちゃんも補充できたし、そろそろ目的地に向かおっか」  エンジンをかけたツカサはすぐに車を走らせ、そのままガソリンスタンドを後にする。  ……その目はもう、前しか見ていない。  しばらく、車内は無言のまま。安全運転で進み、窓の外を景色が流れていくだけ。  そんな中、そっと。カナタは、運転席に座るツカサに声をかけた。 「ツカサさん。……大丈夫、ですか?」 「ウン。昨日の夜にもう、吹っ切れた」  車は迷うことなく、隣町へと向かう。 「この先が、俺の生まれ育った場所。……前に、俺が『母親に逆レイプされたから家を飛び出した』って言ったの、憶えてる?」 「はい。憶えています」 「あの時はさ。凄く凄く長い距離を、何時間もかけて走ったような気がしてた。永遠って言うか、無限って言うか……果ての無い地獄を走り続けているんじゃないかって、そんな気分だったよ」  依然として前だけを向いたまま、ツカサは言葉を続ける。 「救いなんてない。俺は助からないし、なにから助かりたいのかも分からなかった。そもそも、なにが俺にとって【救い】になるのかも分からなくて、ただひたすらに惨めで、愚かしいほど無様に走っていたよ」 「……っ」 「けど、今はそんな【愚かしい俺】を肯定できる。……カナちゃん。キミのおかげだよ」  二人が乗る車は、進んでいく。 「俺は、あの日を乗り越える。全てを清算して、堂々とキミの旦那になる。だから、その瞬間を見届けてほしい」  ツカサが運転する車が【ある場所】へと向かい、進んだ。  そのままゆっくりと減速し、車は駐車場にて停止した。 「着いたよ」 「えっ? ……あのっ、ここって……っ?」 「思ったよりも近いでしょ?」  車から降りたツカサに続き、カナタも慌てて車から降りる。  だが、カナタの戸惑いは終わらない。辺りを見回して、カナタは想定と全く違う景観に、言葉を失くした。  ……冷たい石が並ぶ、独特な空気感を放つ場所。 「ここから、ちょっと進んだところ。……こっちに、あの人はいるよ」  連れられた場所は、全く想像もしていなかった空間。 「驚かせてごめんね、カナちゃん。だけどこれが、真実だよ」  そこは……。  ──墓地、だった。

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