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 前を歩くツカサに、カナタは慌ててついて行く。  どうして、墓地に連れられたのか。……その理由を、ツカサは静かな声で語り始めた。 「あの人、昔からヤンチャだったらしいからさ。ホント、俺も大概だけどあの人はその上をいく愚者だよ、愚者。悦楽のために死んでいるんじゃ、本末転倒どころの話じゃない」 「それって、どういう……?」 「詳しくは知らないけど、悪い人たちに【借り】を作っちゃったんだってさ。それを、あの人は文字通り【体で返した】ってところかな」  迷った素振りも見せずに、ツカサは堂々とした足取りで進んでいく。沢山の墓石が並ぶ中、母親が眠る場所をツカサは記憶しているということだ。 「……ツカサさんはここに、何度も?」 「ううん。今日で、二回目」  予想外の返答に、カナタは目を丸くした。  カナタの口から放たれた疑問が、どうして発生したのか。気付いたらしいツカサは、自嘲気味な笑みを浮かべた。 「もう二度と来ないと思っていたけど、来てみて自分で驚いちゃったよ。墓石の場所、一回来ただけで覚えているんだもの。なんでだろうね?」  興味がないのなら、一度来ただけでは憶えられないはずだ。  それを、ツカサは憶えていた。……その理由を、ツカサは本気で分かっていないのだろう。 「初めて来たのは、マスターとだったよ」 「マスターさんと?」 「そう、マスターと。……二年くらい前、かな。マスターが珍しく、店を休みにしたんだ。それで、いきなり俺に『天気が良好なのでワシのドライビングテクニックを見せてやる!』って言い出したんだよね。……その日、大雨だったけど」 「マスターさん……」  なんとも、二人らしいやり取りだ。カナタは曖昧に笑う。 「で、抵抗虚しくドライブがスタート。行き先も告げられてないし、半ば拉致みたいな状況に、俺は腹立たしくて仕方なかった。何度も『運転席だけ爆発しないかなぁ』なんて思ったよ。景色も最悪だったから気分はどんどん陰鬱な感じになっちゃって、余計にそう思った。……でもね?」  そっと、ツカサは瞳を伏せる。 「──車の中で、シグレは静かだった」  不意に、ツカサは足を止めた。つられて、カナタも動きを止める。 「それで、連れてこられたのがココ。駐車場に入る直前──【霊園】って文字を見た瞬間、なんでか分かっちゃったんだ。『あぁ、そっか。あの人、死んだんだ』って」  どこか覇気のない声音で語るツカサが、ジッと一点を見つめた。  そこにあるのは、間違いなく……。 「ここに、ツカサ君のお母さんが……っ」  墓石に彫られた名前を見て、カナタは説明がなくても分かってしまった。  ──目の前にある墓石こそ、カナタが挨拶をすべき人が眠っている場所だ、と。  ようやく、カナタは理解した。どうしてツカサがカナタに鞄を持たせず、あまつさえ手土産のひとつも用意させなかったのか。  ──渡すべき相手が既に、この世のどこにもいないからだ。 「手、合わせる? 俺は初めて来たあの日に、合わせなかったんだけど」 「……はい。手を、合わせたいです」 「じゃあ、俺も合わせるね。……今なら、できる気がするから」  ツカサはきっと、マスターとこの場所を訪ねた日に、手を【合わせなかった】のではない。……【合わせられなかった】のだ。  しゃがみ込むカナタに続いて、ツカサもその場で膝を曲げる。  それからなにも言わずに、二人は冷たい石に向かって両手を合わせた。

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