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 閉じていた瞳を開くと、ツカサの声がカナタに届いた。 「不思議、だよね」  ポツリと、ツカサは呟く。すぐにカナタは、隣にいるツカサを見た。 「あの人のそばにいる時は、一緒にいてイヤだったり、苦しかったり、つらいことばっかりだったのに。……本当に、不思議だよ」  墓石を眺めるその目は、とても寂し気で……。 「──俺は、あの人が【生きている間】に、カナちゃんを紹介したかったなって。今になって、そんなことを考えてる。……ホント、不思議で……ホント、なんでだろうね」  ツカサが気付いているのか、いないのか。 「ツカサ君のお母さんは、ちゃんと……ツカサ君の【お母さん】だったんだね」  ──ツカサの頬を伝う、温かな雫。  ──カナタは手を伸ばし、濡れたツカサの頬を袖で拭った。  頬に触れたカナタの手を、ツカサは震える自身の手で握る。そうしてようやく、ツカサは自身が『涙を流している』と気付いたのかもしれない。 「そう、なのかな。……そう、だったのかなぁ……っ?」  カナタの手に顔を寄せて、ツカサは瞳を閉じた。 「ごめんね、カナちゃん……っ。みっともなくて、ごめんね……っ」  何度も「ごめんね」と言いながらすすり泣く恋人を、カナタは抱き締める。  ……これはきっと、母親を亡くして初めて流す、息子としての涙。  おそらくツカサにとって、最初で最後の【息子】としての振る舞いだろう。 「こんな俺、キミに見せたくなかった……っ。そもそもこうなるなんて、分からなかったし……なんか、もう……全然、なにも、分かんなくて……っ」 「うん」 「なんで俺、こんな……っ。カナちゃん以外の生死なんて、どうでもいいはずなのに……っ」 「うん」  泣きじゃくる大人を抱き締めて、カナタは優しい声を返す。 「ごめんね、カナちゃん……っ。ごめんね、ごめん……ごめ、ん……っ」  それが、なにに対する謝罪なのか。感情がグチャグチャになったツカサ自身にも、分かっていないのだろう。  だからカナタは、その謝罪をきちんと受け止めた。『謝らないで』とも言わず、ましてや突き放し、否定するような言葉も返さない。 「大丈夫だよ。……大丈夫、だから」  そうしてカナタが温かくツカサを受け止めると、ようやくツカサは落ち着きを取り戻してきたらしい。 「……何度も、頭の中で唱えたよ。『親は、子供より先に死ぬものだ』って。そうすると、ほんの少しだけ胸の奥が冷めるんだ。そうやって、誰にでも当てはまるそれらしい言葉を沢山探して、何度も唱えて……。そうしてようやく、笑顔を浮かべられるようになって……っ」 「うん」 「イヤ、違うね。そうじゃ、ないんだよ。もう、ホントに……俺、なに言ってるんだろ。こんなこと、今はどうでもいいのに。もっと、別のことを伝えたいはずなのに、言葉が……言葉が、出てこないよ……っ」 「いいよ、まとまっていなくても。ツカサ君が言いたいこと、全部聴くから」  いつものように雄弁じゃなくても、構わない。  綺麗じゃなくても、まとまりがなくても、支離滅裂だって構わなかった。 「……っ。……あり、がとう……っ。ごめんね、ありがとう、カナちゃん……っ」  今のツカサが、言いたいこと。口にしたいこと、吐き出したいことを聴けるのなら。 「大丈夫だよ、大丈夫。焦らなくていいからね、ツカサ君」 「うん……っ」  カナタは、ツカサを抱き締め続けられる。ツカサを守りたいと、思い続けられるのだ。  嗚咽を漏らすツカサを包み込んだまま、カナタは何度もその背を撫でた。

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