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駐車場に戻り、車に乗った後。
「あの人は、俺のことを『ツーくん』って呼んでいたんだ」
目元を赤く腫らしたツカサは、母親とのエピソードを語り始めた。
「けど、あの人が俺を呼ぶときはあまりいい話じゃなかったよ。『晩ご飯は外で食べるから、お金をテーブルに置いておくね』とか、そういう話ばっかり。たまに上機嫌だったと思えば、新しい男の紹介。あの人に呼ばれて、嬉しかったことなんて一度もなかった。……本当に、あの人との【楽しい思い出】なんて、ひとつもないんだよ」
シートベルトを締めながら、カナタはツカサの横顔を見つめる。
「授業参観に来てくれたことなんて一回もなかったし、学校行事も俺はいつも一人。家庭訪問に応じてくれたことはあったけど、担任が男だともうダメ。数日後には担任がチェンジしちゃってた。なんで皆、あんなろくでもない女を好きになるのか……【息子】っていう特殊な目線を抜いても、不思議で仕方なかったよ」
涙は引いていて、どこか痛々しい顔にも見えるが……。
「それでもあの人は、俺の母親だった。カナちゃんのところとは全然違うけど、それでもあの人は……母親、だったよ」
その表情は、とても。……とても、晴れ晴れとしていた。
カナタはクスッと笑った後、ツカサに向けて笑みを浮かべる。
「ツカサ君のお母さんに会えなくて、ちょっと残念かも」
「うーん、カナちゃんがあの人と会っていたら、どうなっていただろう? あの人、可愛い男も許容範囲内だったからなぁ。会っていたらきっと、カナちゃんの可愛い童貞が食べられちゃったかもしれないよ?」
「えっ! ……ちょっと、怖いかも……っ」
「あははっ、可愛いっ。仮にあの人がカナちゃんを狙ったとしても、全力で俺が阻止するけどねっ」
ひとしきり泣いて、スッキリしたのだろうか。ツカサは軽口を叩きつつ、カナタの頭をひと撫でした。
「ついてきてくれて、ありがとう。カナちゃんと一緒に来られて、良かったよ。……本当に、ありがとう」
憑き物が落ちたかのように、ツカサはしっかりとしている。心に巣くっていた不安は払拭され、まるでその身に絡みついていた鎖が解けたようだった。
微笑むツカサを見て、カナタも笑みを向け続ける。
「籍を入れたら、また来よう? ちゃんと、ツカサ君のお母さんに結婚のご報告をしたいな」
「……ウン、分かった。また、会いに行こうね」
「うんっ」
昨晩までは、会いに行くだけでも怯えていたと言うのに。どうやらツカサは、ツカサなりに【過去を清算】したのだろう。
「じゃあ、帰ろうか。それとも……せっかく午後から休みを貰ったことだし、このままドライブでもする?」
「ドライブ、も、いいけど……」
頭を撫でていた手が離れると同時に、カナタはツカサの手を握った。
そのままふいっと視線を背け、ポソッと、実に聞き取りづらい声量で訴える。
「──早く、誰の目も気にならないところで……二人きりに、なりたいな……っ」
カナタらしからぬ発言に、ツカサは思わず目を丸くした。
……しかし、ツカサはカナタの手を振り払わない。
「積極的だね? 昨日も盛り上がったけど、カナちゃんがその気なら……帰ってから、もう一回シようか」
むしろカナタの手をしっかりと握り返し、笑みを浮かべたくらいだ。
カナタは赤くなった顔をそっと向けて、それから小さく頷いた。
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