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最終章 : 6

 ツカサは嘆息した後、隣に座るカナタの頭に再度、手を伸ばした。 「そうだね。お客様がいないと、店は成り立たない。それなら常連に結婚の報告をするのも、祝福をされるのも……ある意味では、必要なことなのかな」 「えへへっ。分かってくれて嬉しいっ」 「だけど、今日だけだよ。明日からは手を握られたら、すぐに振りほどいて。……と言うか、握らせないで」 「分かってるよ……」  全く不必要ではあるが、裏話をひとつ。……実は閉店後、カナタはツカサによって『指紋がなくなるのでは』と不安になるほど、何度も何度も手を洗われたのだ。  痛いほどに手を洗われた数時間前を思い出し、カナタはまるで防御態勢かのように、そっと両手を握った。  カナタの頭を撫でながら、ツカサはどこを注視するというわけでもなく、ボーッとカナタを眺め始める。 「だけど、困ったなぁ。あんなにいろんな人と接点を持たれると、カナちゃんの可愛さが俺以外の人にもバレちゃう」 「オレを『可愛い』って言うのはツカサ君だけだよ?」 「本当にそうであってほしいよ。だから、俺に対して敬語を抜いているカナちゃんは絶対に死守。誰にも見せないし、聞かせないから」 「あははっ。分かってるよ、大丈夫」  独り占めするように、ツカサはカナタの体をムギュッと強く抱き締めた。苦しいくらいの抱擁に、カナタは思わず笑ってしまう。 「可愛い、か……」  それから小さな声で、カナタは呟いた。ツカサに聞かせるわけでもなく、ただただ喉の奥から零れ落ちたかのように、ポロッと。 「……どうかした?」  ほんの少しだが、様子がおかしい。ツカサは抱擁の力を緩めつつ、カナタを見た。 「なんだろう。なんて言えば、いいんだろう……」 「どんな言葉でもいいよ。俺はカナちゃんが感じたもの、思ったことの全てをありのまま知りたいから」 「ツカサ君……っ。……ありがとう」  顔を上げて、カナタは小さな笑みを向ける。するとすぐに、ツカサもニコリと笑みを返した。先ほどまでの冷たいものとは全く違う、優しい笑みを。 「あのね。……オレは、可愛いものが好き。だけどそれは、可愛いものが【特別】に見えたからなのかもしれないなって。……ツカサ君がオレを『可愛い』って言ってくれるから、そう思うようになったの」 「そうなんだね」 「うん。オレはきっと、可愛いものに憧れていた。【可愛い】っていう絶対的な自分の力があって、それを自信満々に表して、そこに在る。……その存在が、存在感が……可愛いのに、カッコ良くて。だからオレも、憧れたのかもしれないなって」 「そうだね。そう考えると、カナちゃんが隠したがっていた【好きなもの】は、ヤッパリとてもステキなもののように思えるね」  どうして、隠そうとしていたのか。自分の好きなものを、どうして自分自身で否定しなくてはいけないのか、と。今になってようやく、カナタは強く思うようになれた。  カナタをそう思わせてくれた、きっかけ。カナタが変わるきっかけとなったのは、やはり……。 「──だからね? オレ、ツカサ君に『可愛い』って言われるの……凄く、嬉しいんだ」  あの日。ツカサの気持ちを不器用な方法で確かめた日の、一番大きな思い残し。  ──『可愛がられたくなかった』と言ったのは、本心ではなかったと言って、謝りたい。  思うと同時に、カナタは謝罪の言葉を口に出しかける。  だがそれよりも早く、ツカサはカナタに笑みを贈った。 「俺の言葉で喜ぶカナちゃんも、凄く可愛いよ。ホントに、とっても可愛い」  たったそれだけのことなのに、カナタの胸は驚くほど弾んでしまう。だからこそ、思わず……。  ──そんなに可愛がらないで、と。  カナタは危うく、照れ隠しでまたしてもそう、言ってしまうところだった。

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