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② : 4

 まぶたを上げて、瞳にカナタを映す。  それからすぐに、ツカサはニコリと笑みを浮かべてこう答えた。 「──可愛かったよ」  キスの感想としては、予想していなかった答えを。  すぐさま、カナタは眉を寄せた。 「それは、ヘタクソだったからですか?」 「貶しているってこと? まさか。俺の素直な回答だよ」 「じゃあ、上手でしたか?」 「可愛かったよ」  おそらく、堂々巡りだろう。カナタは眉を寄せたまま、ツカサの肩にグリグリと額を押し付けた。  ツカサは「なにそれ、可愛すぎ」とご満悦だが、カナタにとってはそれどころではないのだ。 「オレ、キスがもっと上手になりたいです。オレはいっつも、ツカサさんに気持ち良くしてもらっているから。オレも、ツカサさんをキスで気持ち良くしたいんです」  カナタの後頭部を撫でながら、ツカサは答えた。 「今日のカナちゃんはいつも以上に可愛いなぁ。……だけど上手とか、上手じゃないとか。キスって、そういう価値観に当てはめるものじゃないと思わない?」 「……どういう意味ですか?」  カナタは顔を上げて、ツカサを見つめる。  するとツカサはほんの少し悩んだ様子を見せながら、ポツポツと持論を語り始めた。 「なんて言えばいいのかなぁ……? 俺個人の意見としては、キスって【質】じゃないと思うんだよね。それはまぁ確かに、俺としてもキスだけでカナちゃんをイかせられたら嬉しいよ?」 「っ!」 「あはっ、顔が真っ赤だ。可愛いなぁ」 「かっ、揶揄うのは禁止ですっ!」 「あははっ! か~わい~っ!」  ポンポンとカナタの頭を撫でつつ、ツカサは言葉を続ける。 「だけど、それが目的じゃないって言うか。内容も大事だけど、それだけじゃないと思うんだよね。そこに至るまでの道筋、道中、終着点が大切かな」 「……よく、分かりません。どういうこと、でしょうか?」  眉尻を下げるカナタを見つめて、ツカサは柔らかく微笑んだ。 「たとえば、カナちゃんが『ツカサさんを喜ばせたい』と思って、キスをしようとしてくれた。これだけでも俺はすごく嬉しいし、幸せ。これが、さっき言った【道筋】ね?」  補足説明をしながら、ツカサはカナタの顎を掬う。 「そして、恥ずかしくてしかも苦手意識がある【キス】を、カナちゃんは頑張って俺にしてくれた。この時点でもう愛おしいよね、全てがさ」  それが、ツカサの言う【道中】だろう。ツカサから人差し指で唇を撫でられながら、カナタは耳を傾ける。 「最後に、キスをした後にこうして感想を訊いてくれた。俺から与えられる好意に慢心しないで、もっともっと好きになってもらいたいっていういじらしさが本当に可愛いし、その向上心と努力が堪らなく俺の心をくすぐるよね。……結果、全部が可愛い。俺の感想から【回りくどさ】を抜くと、その一言に尽きちゃうんだよ」  ツカサはカナタの頬にキスを落とし、もう一度ニコリと明るい色の笑みを向けた。 「……とまぁ、だいたいこんな感じっ。伝わったかな?」 「た、ぶん。なんとなく、分かりました」 「それなら良かった。……カナちゃんのキスは俺にとっていつだって嬉しいし、胸がギュ~ッてなるよ。カナちゃんの可愛さに、俺の語彙力はいつだって消失。気持ちは上限知らずで、どこまでもカナちゃんに溺れちゃう。だからカナちゃんが不安になるようなことはなにもないのだけど……この気持ちも、キミに伝わっていると嬉しいな」  言われなくたって、カナタはツカサの気持ちを分かっているつもりだ。  ……カナタだって、ツカサに対してはいつだって同じ気持ちなのだから。

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