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オマケ③【そんなに××気分に浸らないで】 1
※二人の関係性は最終章の後くらいです。
※完全なネタバレを含みますので、最終章を読了後にお読みいただくことを推奨いたします!
カナタがツカサと結婚をしてから、数日後のこと。
「ツカサさんっ! オーダー票、置いておきますっ!」
「はぁ~いっ。了解だよっ」
今日も今日とて、カナタは慌ただしく仕事をこなしていた。
数々の困難を乗り越え、カナタは自分と向き合い、成長し。隣にツカサがいてくれることで掴んだ、今の幸福。カナタはそうした日常の変化を時々実感しつつ、普段と変わりない生活を送っていた。
……多少、変わったことと言えば。
「あっ、そうだ。ねぇ、カナちゃん」
「はいっ。なんですかっ?」
「──好きだよっ」
ツカサの愛情表現が、ますますドストレートなものへと変わったくらいで。
カナタは動かしかけていた足をピタリと止め、眉を寄せる。そのままギギッと、どこかぎこちない動きをしながらツカサを振り返った。
「ふふっ、なぁに? 怖い顔だね?」
と言いながら、ツカサはニッコリ満面のスマイル。これには食事に来ている客から黄色い歓声が上がることも必至だ。当然、ツカサとカナタの会話は客に聞こえていないが。
カナタはもう一度ツカサへ近寄る。すると、ツカサは嬉しそうにカナタへ近付いた。
「なに? ナイショ話?」
嬉々としてカナタに近付いたツカサに対し、カナタは声を潜めつつ囁く。
「……あのね、ツカサ君? それ、今日だけでもう二十七回目だよ?」
「うん、そうだね? だけど、その中でカナちゃんが応じてくれたのは最初の五回だけだったね」
「だって仕事中に言うんだもん。……恥ずかしいよ」
小声での、甘いやり取り。どことなく【新婚】と言うよりは【付き合いたてのカップル】といった会話だが、驚くことなかれ。この二人はれっきとした【新婚】である。
「とにかく、今日はもう仕事中に言うのは禁止。……分かった?」
「うんっ、分かんないっ」
「そんなに可愛い返事をしてもダメだよ? 禁止は禁止、だからね?」
「ふふっ、可愛い」
「ツカサ君?」
ムッと睨んでみるも、ニコリと笑顔でかわされるだけ。おそらく、今日の営業時間中に残り二桁回数は、ツカサから愛を伝えられるだろう。
カナタは『ふぅ』とため息を吐きつつ、諦める。なぜならこのやり取りは、入籍をしてから毎日繰り返しているからだ。
なぜ、ツカサが他の誰でもない愛しのカナタが願うことを叶えないのか。……理由は、単純明快。
「まったくもう。……ツカサ君の、分からず屋。いじわる」
カナタが、本気で困っているわけではないからだ。
頬をうっすらと赤く染めつつ、カナタはホールへ戻ろうとした。
「……あっ、そう言えば! オレ、ツカサさんに言い忘れてたことがあるんでした!」
が、一時停止。カナタはポンと手を叩いた後に再度、ツカサを振り返った。
またしても自分の方へ戻ってきてくれた妻を見て、ツカサはすぐさま応対しようともう一度、カナタに顔を寄せる。
「なに? 追加注文でも──」
「──好きだよ」
両手を口の横に添えつつ、カナタはツカサに囁く。
……ちなみに、余談ではあるが。
「な、なんちゃって……っ」
カナタがこうして、妻として仕事中に自ら愛を伝えたのは……驚くことに、今日が初めてだった。
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