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Q6
gin side:daily:please s
「──そういえばさ、ギンくんってあまり笑わないイメージあるよね」
きっかけと言うなら、ユズのその言葉だった。
言われたギンは、
「そう、かな」
とだけ返す。
視線は下へ。手元を注視する。
「うん。あっ、悪いって言ってるんじゃないよ? なんだかんだボク達ずっと一緒にいるけどさ、まだ知らないことってあると思うんだ。ギンくんの場合、笑顔ってあまり見てないなって」
「……」
「どうしたら笑ってくれる?」
「……難しい質問だ」
「へへっ。みんな、そう思ってると思うよ? キュウくんも」
「キュウ?」
「うん」
「……そうかな」
「うんっ。ギンくん、すっごいかっこいいんだから。笑ったら人殺せそう」
「……殺したくないなぁ、俺。みんなには生きていてほしい」
「ははっ」
──まな板の上の食材を切り刻んでいく。握った包丁は手にあまり馴染んでいなくて、少し重たくもあった。
隣に立ってユズが、その様を見つめるから余計に緊張、してしまう。
サントラップセプテットというグループ名がつき、それぞれのアーティスト名が体と心に馴染んできた今日。都市郊外に建つ一軒家を宿舎としている七人は、どれだけ忙しくともこの家に戻ってくる。それが決まりだった。
ギンにとって、この宿舎はまさに【家】である。出れば恋しくなって、帰ってくれば安心する。いつでも暖かくて、おかえりを言ってくれる仲間がいるから。
そんな宿舎の生活は完全にギン達に任せられており、家事などは曜日ごとに分担していた。誰も文句は言わない。進んで掃除をするぐらいだ。みんな、この家が居心地いいのだろう。
だからか、外食をして帰ってくることも少ない。仕事柄、酒の席やお付き合いというのは存在するものの、三日と続けて誰かがいないというのは一度もないのだ。
故に、今日は食事当番であるギンがキッチンに立っているのだが。訳あって、宿舎にいるユズ、ケィ、フール、コアが狭いキッチンを占領していた。
豪勢な料理を作る予定で、それを更に分担して手早く終わらせようという手筈だ。
「ねぇ、ちょっとさ」
ユズが観察に飽きたのか、他のメンバーの元へ移動していく。
それを気配で感じながら、ギンは黙々と食材を切っていった。
幸いにも、メンバーからの料理の評判はいい。元々自立が早かったギンは中学の頃から料理に手を出し始め、ローストビーフも時間があれば作るほどだ。だから特別な今夜のメニューに困ることはなかった。
そのはずだったのに──。
* * *
「待って待って、ケチャップ入れてみようよ」
「いや、ここは醤油だろ」
「あの、味噌汁つけませんか?」
「それフールが食べたいだけでしょー」
「食べたいものも作りたいですよ」
「えー?」
「……」
ギンの周囲で料理の手伝いをしていたはずのメンバーが、いつの間にか先導して料理を作っていた。
なんでも、ギンをびっくりさせるような料理を作るのだそうだ。そして最もギンの表情を動かした者の勝利だと言う。
「…………」
本当、いつの間にそんな話になっていたのか。夢中になっていただけに分からない。
ギンは椅子に座る。
こうして、メンバーを見るのが好きだ。自分は輪の中に入っていない方がいい。みんなを見ているのが、心の安定剤だった。
それに、今だけは自分のことを考えているのだ。どうやって笑わそう? どうしたら無表情のギンの表情を動かすことができるだろう?
幼少期の頃だった。表情が乏しいと。大人達のみならず、同級生からもそう言われ、最終的には疎まれた。
自分では普通であるつもりだった。無表情とか無口とか、言われてもそれは嫌われているからなのだと思っていた時期もあった。けれど違うと気付いて、ああ自分は無表情で無口なのだと思い知った。
変えようと思ってもそれが自分なのだから変えることは容易ではない。
──変えなくていいと言ってくれる人がいた。それが個性なのだから、そのままでいいと。
そんな自分を認めて、対等に見てくれるメンバーがいる。
それは幸せで、自分にはできすぎた幸運だ。
「なぁ、ギン?」
「!」
ふと、思考の海から助け出された。
心配そうな顔をしたコアが覗き込んできていた。
「どうしたの? 気分悪ぃ?」
「いや……」
「そう? ならいいけど」
コアとは、ダンスの関係上、シンメトリーを務めることが多い。他のメンバーに比べてみれば、一番喋ることが多いと言えるだろう。
「あのさ、ギンは、ケチャップと醤油どっちが好き?」
「……」
そう、比べてみれば、コアは表情豊かであり、よく喋る。コミュニケーションの取り方も、距離の縮め方も、彼の方が上手だ。
「ギン?」
「あぁ、すまない。なに?」
「だから、ケチャップと醤油。どっちが好きなの?」
「……醤油」
「ねぇーギンは醤油がいいって!」
「ちょっとコア、私と組んでいたんじゃないんですか? ユズ達に助言してどうするんですか」
「あ……そっか! 今の聞かなかったことにして!」
「なるほど、醤油な! サンキュ、コア」
「うわあああぁ、なしっ、なしだって!」
コアがいれば、グループ内は明るいと思う。コアが、ムードメーカーだ。
ユズの笑顔は周りを幸せにするし、フールの冷静さは過ちを犯さずに済むだろう。ケィは少々軽いところがあるが、それに救われることも事実ある。
今ここにはいないアンドはリーダーらしく、グループの引き締め役であるし、キュウは──。
* * *
「これ……どういう組み合わせ?」
「いやぁ……ねぇ?」
ユズが気まずそうにケィを顧みる。その視線が流れに流れ、フールに行き着く。
「……すみません。私にも、止められませんでした」
みんなの視線を受けてフールはそう言うが、ギンは知っている。フールこそが、狂わせていったと。
テーブルの上に並んだ数々の料理。和食から中華、洋食まで揃っていて、纏まりなんて一つもない。さながらバイキングのようだ。
「食べ放題」
アンド共に家に帰ってきたキュウが呟く。
「美味しそうだね」
彼がそう言うだけで、雰囲気が変わる。やり過ぎたと反省さえしていたユズ達が一気に表情を明るくし、小皿や炊飯器に駆け寄りよそい始める。
それを一歩離れて見ていると、キュウが隣に腰を下ろしてきた。
「今日の当番はギンだったよね。大変だったでしょ?」
「……そんなことはない。みんなが、手伝ってくれたから」
「そっか。ギンは何を作ったの?」
「ポテトサラダ」
「うん、僕好き」
「……」
少し驚く。キュウの感情表現はストレートすぎて、自分と違い過ぎて、心臓に悪い。
けれど、それがキュウが人気の理由だろう。誰にでも素直で、素直すぎるから愛される。人がドキドキと胸を高められずにはいられないことを言うから、人が言えないようなことを直接言ってくるから──キュウを愛している人間がたくさんいるのだ。
「ギンは料理上 手 だよね」
「そう?」
「うん。アンドも上手だけど、僕は、少しギンの料理楽しみにしてるんだ」
それぞれいただきますと挨拶をし、キュウも小皿に盛り分けたポテトサラダを口にする。
それを見て、少々変な気分になる。
他のメンバーは我先にと言わんばかりに、肉に手を伸ばしているのに、キュウ一人がギンの作ったポテトサラダに手を伸ばすのだから。当然と言うように。
「おいしい、安心する味」
「……一応、家庭的な味を、目指してる」
「うん、好き。家庭的、いい。安心する。ここが僕の帰ってくるところだって」
「キュウも、ここは居場所だって思う?」
「うん」
表情はあまり変化がないが、その声音には真剣な響きが籠っていた。
「僕は、サンセプに一生を賭けるつもりだよ。みんなで一番になりたい。それには倒さなきゃならない敵がたくさんいるけどね」
言って、美味しいと呟く。
ポテトサラダが好きなのだろうか?
「キュウ、他にもユズ達が作ってくれた料理いっぱいあるよ」
「うん。でもこれ、おいしいから。ギンが作ったものもいっぱい食べる」
「……」
ギンはつい呆気に取られてしまう。
それをちょうど目撃したのだろう。
「おいおい」
ケィが眉根を寄せながら口を挟んでくる。
「キュウ、オマエ、マジでやめろよ。そうやって見境なくたらし込んでいくの」
「? そんなつもりないけど」
「いやいや。ギン、オマエも困るだろ?」
一斉に、視線が集まる。みんなが見る。
そうして見られてしまうと、なんだか上手く喋れなくなる。理由は分からない、それが緊張なのかすらも考えつかない。
しかし、一つだけ確かな感情があった。
「ううん」
ギンは小さく首を振る。その時、銀色に輝く長髪が目に入ったが、知らないふりをした。
「俺は、そうやって言われるの、好きだよ」
「マジぃ? オレ、聞いてるだけで色んなところが痒くなる気ぃするんだけど」
「ケィがそうでも俺は違う。嬉しいと、思う」
「……あ。笑った……」
ユズの声だったと思う。不確かなのは、見ていなかったからだ。ユズを見ていない、見ているのは彼一人。
「つまり、ギンを最初に笑わせたのはキュウ、ということですか?」
「なぁんだー」
フールの言葉に、コアが全身を虚脱させる。
「頑張って料理したのに!」
「そもそも間違っているんですよ。今日はアンドの祝いなのに、どうしてギンの表情を誰が一番に動かせるかなんて争わなくてはいけないんですか」
「それ言ったらフール、オマエが一番ノリノリだった気がするけどな」
「ケィ、私はっ──」
料理対決に至った理由を言い合うメンバー達をギンは見つめる。
ギン自身は対決になってもみんなで料理をするのが楽しかったと思うが……。口を挟める隙はないようだ。
吐き出す予定のない言葉をなかったことにして、自分も料理に手を伸ばす。
と、キュウがギンが持っていた小皿にユズとケィが作っていたハンバーグを乗せてくる。何を想像したのか、爪楊枝と紙を組み合わせて作られた旗が突き刺さっている。
「楽しいね、ギン」
キュウがそう言う。彼の表情は言葉通りの感情を伝えてきて、ふと自分の表情はそうではないのだろうなと思った。
メンバーにさえ、笑ったら驚かれるぐらいなのだ。普段、ギンの顔は無機質と言っても過言ではないのではないか。
少し、恥ずかしいと思う。グループのセンターを担当しつつも、クールでどちらかと言えば言葉数は少ないキュウでも、表情はよく動く。嬉しそうであるとか、機嫌が悪そうだとか、お腹が空いているのだろうとか。彼を一目見れば、今彼がどんなことを思っているのか知るのは容易いのに、自分はそうでないと改めて思い知らされると、表情豊かなメンバーと同じ場所にいるのが……歯痒い、……恥ずかしい。自分がいなければ、もっとグループとして纏まりが出るだろうに。
「ギンは楽しくない?」
「え……」
──やっぱり見ただけでは──、
「僕には楽しそうに見えるよ」
「……」
瞠目する。たとえ、側から見ても気付かれなくても。ギンは、キュウの言葉に驚いた。
「分かる、のか?」
「?」
問いかけられた意味が分からないと、キュウが首を傾げる。長い、細い、首筋が露わになった。
「ギンは、自分が思っているよりも分かりやすいよ」
「……そう、なのか? 無表情、って言われるのに」
「無表情って、表情がないって思われがちだけど。無表情っていう表情を浮かべてるんだよ」
「どういうこと?」
「それをみんなに伝えるのが僕の仕事、かな」
くすりと言って、キュウはようやくポテトサラダ以外のものを口にした。その、フールとコアが作っていたとしか思い出せない品を美味しそうに食べる彼のことしか考えられなくなる。
今の言葉は、その意味は……?
「……」
不思議な男だ。ギンの、裡にある感情をよく動かしにかかってくる男だ。これが、“たらし”と言われる所以か。
そう問われれば頷けるほど、キュウには心が掻き乱される。あまり興味のなかったことも気にするようになっているし、デビュー前に比べれば変化は顕著だ。練習生の時、キュウと初めて会った時に比べればそれは尚更……。
「…………」
歪な形のハンバーグに刺さった旗を見る。これは戻るべき場所の旗印だ。
──ギンはいつだってここに戻ってきたい。
けれど、それは願ってはいけない。
そう思うのは、メンバーが、みんながいるからだ。
「、、、……、、、──」
分かっているのに、分かりきれない。早く、早く自分を闇の中に連れていってくれ。
「ごめん、ちょっと用事思い出したから」
「え、ギン? どうした?」
「……ごめん」
逃げたい。明るい場所から。自分はどこまでも暗い場所が落ち着くのだから。
「なんだぁ。みんなでケーキ食べようって用意してたのに」
「……」
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