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Q12
core side:daily:one mate
毎年。この時期が近づいて来ると、不安になる。
「──コア、どうした?」
「……」
余計なことを考えてしまって、もし、目の前の人間が自分の知らないところで姿を消してしまったら──そんなことを考えてしまう。
「アンドっ、今日、早く帰ってくる?」
「え? あー、どうかな。コアはお休みなんだっけ?」
「うん。なんでおれだけ仕事ないのかな? ダメなところ、あるのかな?」
「そんなことないよ。ただ最近は各方面で注目されているから、やっぱグループ全員出すとかは難しいみたいだね。スケジュールが合わないとか。でも色んな媒体に出せてもらえて嬉しいよね」
「アンド、早く帰ってきてね。おれ、一人は……」
「うん。じゃあ、行ってきます」
笑顔でリビングを出ていく最年長のアンドを見送り、コアは心臓がきゅっとなる感覚を味わう。
今度は誰が出て行く? ……──自分の側から離れていく?
『──私は、ずぅっと歩人の側にいるよ』
「なんでこんな気持ちになるんだっけ?」
* * *
「──それでは、お願いします」
装着したヘッドホンからスタッフの声が聞こえ、コアは大きく頷いた。赤いランプが点いたのを確認し、元気よくマイクの前で喋り始める。
《さっ、今日も始まりました! サントラップセプテットのユー ワナ 。みんな、一週間ぶり! サンセプ、ダンス担当のコアです、今日も、たくさんの愛をありがとうっ。できる限り、メール読んでいくから最後まで聞いてね》
《──ふふ》
《あ。なんだよ?》
《いえ。コアはいつも元気だなと思いまして。──皆さん、改めて、サントラップセプテットのフールです。今日も纏め役頑張りたいと思います。最後までお付き合い下さい》
《──おはようございます、ギンです。……えっと、フールが纏めちゃったので、言う言葉が見つかりません。三十分、よろしくお願いします》
《あ、すみません。ギン。私が中の段取りでした》
《ううん。平気》
《珍しくフールが予定中和を間違えた!》
《それを言うなら、予定調和です。コア、この前教えたじゃないですか。学校の試験で──》
《うわーあーあー! その話はいいから! ここでする話じゃないっ。ね、早く進めよう。ではっ、オープニングスタートッ!》
《よし、気を取り直して。みなさ〜ん、今回もおれたちのラジオを聞きにきてくれてありがとう! 毎回、すごい量のお便りが来てて、ちょービックリしてるし、すげぇ嬉しい!》
《コアは時間が許す限り、お便りに目を通していますよね》
《うん! おれのこと書いてくれてたり、なんかいいこと書いてあったらそれもらってく!》
《あ、それ俺知ってる。コアの部屋に、ファンレターとは別に、このラジオで送られてきたお便りを保存してるケースがあった》
《そうなんですか? 私は知りませんでした》
《ん! だって、これも、立派なファンレターだもん! 本当は全部保存しておきたいけど、これって結構重要で、偉い人の会議とか? にも必要なんだって。だからおれが全部持ってっちゃうと困るって、スタッフさんが言うから、お気に入りのだけ持って帰ってる!》
《へぇ。良いですね》
《フールもやれば?》
《ええ、是非。皆さんからの指摘はもちろん勉強になりますが、やはり褒められると嬉しいものですからね》
《なぁ! おれ、みんなに必要とされてるの知れて嬉しい! だから今日もいーっぱいお便り持って帰るよ!》
《程々にしてくださいね、あまりスタッフさんを困らせたら駄目です》
《はーい。えと、どこまで進んだっけ? あ。まずは、初めてこのラジオ聞くよーって方にも分かるように、説明をします! ギン、が、です》
《うん。俺がする。サンセプがパーソナリティーを務めるユーワナは、もっとサンセプのことを知ってもらう為に、独自で企画・制作しているウェブラジオ。サンセプの公式サイトからいつでもどこでも聞ける番組です。お相手は月毎に変わって、今月はギン、フール、コアの三人が務めます》
《よろしくな〜!》
《お願いします》
《同サイトからお便りも送れるので、気軽に送ってください。……俺からは、以上》
《はぁい。ギンの声は落ち着くよな! お便りも、ギンの声に癒されるってのが多いイメージある》
《そう言ってもらえると、嬉しい。し、頑張れる》
《ギンは、メンバーといるとあまり喋ることが少ないですが。というよりお喋りな人が二、三人いるせいでそう思われていると私は思うんですが、》
《うんうん》
《ギンは、皆さんが思ってるよりも無口ではないんですよ。話しかけたらちゃんと答えが返ってくるし、レスポンスが少しゆっくりですけどね。そこもギンの良いところです》
《……あ、……褒められてる?》
《勿論ですよ》
《ありがとう》
《本当のことなんですからお礼なんて必要ありません、ふふっ》
《うん》
《うわー、なんかギンだけズルい! おれも、褒めてよ!》
《さっき褒めたじゃないですか》
《足りない!》
《……そうですね。えっと、じゃあ。コアが進行役だとスムーズに事が運んで私も嬉しいです。頑張ってて偉いですね》
《ええっ、本当?! おれが、MCだと、いいっ?》
《ええ。ですから、進行をお願いします》
《わかった!! えと、ここからは、みんなが送ってくれたお便りを読んでいきます! フール読んで!》
《はい。ペンネーム、名前は教えないゾウさんからいただきました。とても可愛い名前ですが、内容は真剣そのものですよ》
《ああっ、あれか!》
《皆さん、おはようございます。今日は、皆さんに質問があって、お便りを送ります。僕は、小学六年生です。将来は何になりたいってよく言われるのですが、そう聞かれると困ってしまい、どうすることもできません。自分が何になりたいのか、よく分からないんです。なので、参考までに、皆さんがどうしてアイドルになったのか聞きたいです。また、アイドルになることは、将来の夢でしたか? 答えてくれたら嬉しいです──とのことなんですが》
《真剣な悩み相談だね》
《重要ですよ、これは。私、一つ驚いたのは、彼、これは推測ですけど、男の子ですよね? 違ったら大変申し訳ないのですが、男の子が私達の話を聞いてくれているとは思ってもみなかったんです。収録が始まる前、皆でこのお便りを読もうとか、ある程度の段取りというのを組むのですが、名前は教えないゾウさんからのお便りを見て、凄く感動してしまいました》
《そうだね。俺も、うん、すごく新鮮で。嬉しかった》
《だよな! 嬉しいよ。ありがとう、名前は教えないゾウさん! おれたちが、精いっぱい答えていくからちゃんと聞いてくれよなっ》
《ですが、真剣であるからこそ、答えるのも難しく、責任重大ですよ》
《うん。フールは、アイドル、将来の夢だった?》
《いいえ。彼のように小学生の頃は科学者になりたかったんです。理科が大好きで》
《うおぉ、っぽい》
《転機は、中学の頃ですかね。同学年に凄い格好良い人がいて。先輩後輩、それこそ男女関係なくモテてるような人だったんですけど》
《やっぱいるんだなー、どこの学校にもそういうやつ》
《不思議ですよね。同じ男から見ても嫉妬するどころか、憧れてしまって。彼がアイドルの道を目指していると知って、追いかけてしまったんですよ。私も同じ場所に立って、同じ光景を見たい、と》
《ええ?! それってその人も芸能界にいるってこと!? アイドルになってんの?》
《ええ》
《えっ、誰!?》
《それは……。勝手に名前をここで挙げるのも迷惑なってはいけませんし》
《ということは、先輩?》
《おお、ナイスギン! そっかぁ、フールは憧れの人を追いかけてアイドルになったんだ。いいな、そういうの! ねね、話したことはある?》
《ありますよ》
《うおー! 誰だろ?》
《ふふ。私の話はこれぐらいにしておいて。ギンはどうなのですか?》
《俺? 俺は……、いつの間にか、送られてて》
《あ、身内が勝手に履歴書を送ったってやつですか?》
《うん》
《私達は同じ時期にオーディションを受けて、事務所所属の練習生としてデビューするまで切磋琢磨してきましたが。じゃあ、アイドルになる気はなかったんですか?》
《うーん……。俺も、悩んでたから。何をしたい、とか、興味のあることってなくて。ないこととっておかしいのかな、って思ってたら、おかしくないよって言ってくれる人がいた。将来の夢は誰にでもあるものじゃなくて、ふとした瞬間、生まれる、って。だから、おじぃちゃんになってから、将来の夢ができることもあるって》
《素敵な考え方です。確かに、そうなのかもしれません》
《フールも分かってくれる?》
《はい》
《はいはい! おれも、おれもわかります》
《……ね。おれからは、焦らなくても大丈夫って、言いたい。平凡な言葉だけど、安心してほしい。けれど、悩むこともいいことだよ。辛くなったら、また、こうしてお便りにして伝えて》
《ギンってばいいこと言うなぁ》
《貴方はどうなんです? コア》
《おれぇ? ギンの言葉めちゃくちゃよかったから、それ以上のことは言えないけど》
《貴方の話も聞いてみたいんじゃないですか? 私は聞きたいです》
《うん。俺も、聞きたい》
《……》
──ふと、現実に戻されたような気がした。
コアは、自分自身をどこか遠くから眺めているような気持ちになり、ふわふわと流れるままに言葉を紡ぐ。
《おれは。昔から、アイドルってのになりたかったんだ》
《どうしてですか?》
《!》
思わず弾かれたようにフールを見てしまう。ちょうどその問いかけが欲しいと思っていたからだ。温かく微笑んでいる彼に大丈夫だ、と勇気づけられているようで。
《かあ、さんが》
喉奥に言葉がつっかえる。けど、頑張って押し出す。
《母さんが、おれの笑顔好きって。小さい頃から褒めてくれたんだ。歩 人 の、あ、おれね。コアの、笑顔はたくさんの人を幸せにするから、たとえ泣いたとしても、次に会う時は笑顔でいなさいって。笑顔ってなんだろう、母さんが好きな笑顔ってどういうのかなって考えて。ふと見たテレビに、ちょー人気なアイドルが映っててさぁ。みんな笑ってんの。あっちの人もこっちの人も、アイドルのその人も。ぴっかぴかのライト浴びて、キラキラのステージには、どんな瞬間も、眩しさが溢れてる。それを見た時、おれもこんなふうになれば、母さんはもっと喜んでくれるかな、嬉しくなるかな、幸せになってくれるかなって思って。それで駅前とか歩道で笑いながら歌ってたら、今の社長に声かけられた!》
《え。そんなことがあったんですか? 私、初耳ですよ》
《俺も》
《へへっ。それで、何してるのって言うから、おれのやりたいことをいーっぱい言った。みんなを笑顔にしたい、幸せにしたいって。そうしたら事務所に連れて行かれて、オーディションに出ることになった》
《それ、オーディションをやらずとも合格決定じゃないですか》
《あーうん。みんな忙しそうにしてたから、お手伝いとかして、お茶配ってたら合格って言われた》
《なんですか、それ……》
《それで、今、ここにいるよ。ギンとフール、他のみんなとなりたかったアイドルになれて、きみに、会えた。知ってもらえた、おれという存在。みんなが忘れない限り、アイドルのおれは笑っていられるよ》
《……》
《……》
《だから。どんどんお便り送ってきてね。おれ、全部読むから! それで、えっと。名前は教えないゾウさん。まずは、笑お! たぶん、悩んでる時とか、今こうしておれの言葉を聞いてくれている時、ぎゅって眉間に皺が寄ってると思うんだよね。まずは笑って、肩の力抜いて〜……深呼吸〜……。難しく考えなくても、将来はきっと笑顔に溢れてるよ! 大丈夫。じゃ、目の前の宿題から片付けよっか! あ。でも、宿題の答えをお便りで聞かれてもおれは答えられないからな! おれも宿題あるし、なんなら答えわからないんだよー……ーーと、いうことで! 一年後でも十年後でも。将来の夢が見つかったら、おれに教えてね! いつまでも待ってる!》
* * *
「──コア」
「……ん、」
「帰るよ」
「あ……うん」
「疲れましたか?」
「ん? ぅーうん。大丈夫」
コアに声をかけてきたのは、仲間のギンとフールだった。確かラジオの収録が終わり、ギンとフールの帰り支度を待っていたはずなのだが、いつの間にコアは眠ってしまったらしい。
「お疲れ様でした」
座っていた椅子から立ち上がり、寝ぼけ眼であるものの、フールやギンに続いて、通り過ぎるスタッフに声をかけていく。挨拶をするといいことがたくさんあるということに気付いたのは、練習生として活動している時だ。おはようございます、お疲れ様でした──たったそれだけの、会話らしいこともしていないのに、覚えられる。番組を作り上げるプロデューサーや偉い人から声をかけられるようになり、つられて名前をコアが覚えれば、嬉しそうに笑って褒めてくれる。いい子だね、と。マネージャーはこうも言っていた。挨拶をするコアを好青年だと思った誰々が推薦して番組に出させてくれる、と。その番組はデビュー間もないサンセプを世に知らしめせてくれ、ステージまで用意してくれた朝の情報番組である。
挨拶をするだけ認知の輪が広がっていく。自分がここにいること、自分が必要にされる理由が。
コアにとって、それは何よりも宝物であり、地を這ってまで抱えていきたいものだ。
「──あ、コアくん! それにギンくんにフールくんも」
三人を呼び止める声があった。振り返れば、ラジオ制作に携わってくれている作家がにこやかに手を振っている。三十代ぐらいであろう彼は足早に近寄ってきて、笑顔で称賛してくれた。
「今日の収録、とっても良かったよ! 今までもそうだけど、今日は特に。内容も濃かったし、反響も凄いんじゃないかな」
「ありがとうございます、そう言っていただけて嬉しいです」
「フールくんの纏め方や、ギンくんの合間に入る絶妙な相槌やツッコミもそうだけどね。今日のMVP賞はコアくんにあげたい!」
「え……おれ、ですか?」
「そうだよ! お話、すっごく良かった。リスナーさんも満足してると思うよ。コアくんの新しい一面を見たって気がするし」
作家の言葉に頷いたのは、フールとギンだった。
「ええ。私も良かったと思います。仲間贔屓をするつもりはありませんが……」
くすり、とフールが笑う。
「褒めざるを得ませんね。コアの話は、きっとあのお便りをくれた子に伝わっていると思います」
「本当に良い話だったよ〜。これはもっともっとこのラジオを続けられるよう頑張らなくちゃね! お疲れ様、またよろしくね!」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
フールとギンが揃って去っていく作家に頭を下げ、遅れてコアもそれに倣 った。
だが、よく理解できていない。
「ぎ、ギン、どういうこと? おれ、なにかした?」
完全に作家の後ろ姿見えなくなったところでコアは口を開く。
彼は喜んでくれていたみたいだが、どこでそれほど喜んでもらえたのか、いまいち分からなかった。ラジオ収録は順調に進んだ、が、今までだってスムーズな流れだったろうに……。何故今回だけ、彼は帰ろうとするコア達を呼び止めてまで話しかけてきてくれたのだろう。
「判らないんですか?」
ぱちりと目を丸くして、フールがギンと顔を見合わせる。
「屋 代 さんは、貴方を褒めていたんですよ? コア」
「あ……それは、なんとなく分かったけど、なにを褒めてたの? おれ、いいことした?」
「コアの話」
ギンが言う。
「名前は教えないゾウさんのお便り読んだ時。コア、いいこと言ってた。凄く、嬉しくなって。心が温かくなった」
「ギン。そうなの?」
「はい。コアの口にした言葉は、皆の心に響いたと思います。屋代さんが言っていたように、反響が楽しみですよ」
「……そうなんだ」
「まだ分からない?」
「あ、ギン」
「コアは、ラジオを聞いてくれてる人を、笑顔にさせたんだよ」
「……!」
その後。フールが楽しみにしていたように、沢山のお便りが番組宛に届いた。コアの言葉に感動し、感謝を述べるもの。辛かったが救われた気分だというような内容のものもあって、コアはじわじわと嬉しい感情でいっぱいになった。実感が湧き、ようやく自分が言った言葉が、誰かの胸に刺さったのだと理解したのである。
* * *
「ふふっ」
「──楽しそうだね、コア」
「あ、キュウ」
お昼。陽の当たるリビングで送られてきたお便りに目を通していたコアは、部屋に入ってきたキュウに声をかけられた。彼は私服に身を包み、冷蔵庫を開けている。コーヒー牛乳をコップに注いできて、隣に座ってくる。
「なに見てるの?」
「うん? おれたちのラジオに送られてきたお便り」
「持ってきたの?」
「うん。気に入ったやつを、持ってきてるんだ」
「へぇ。僕も見ていい?」
「いいよ!」
手に持っていた紙を手渡し、代わりにコップを受け取る。飲んでいいかと聞くと頷いてくれたので、遠慮なく口をつけた。
「みんな、コアのこと褒めてくれてるね」
「うん。すっごく嬉しい。これ見て、おれ、もっと頑張るんだ」
「こんなふうに言ってくれると頑張れるよね。嬉しくなる気持ち、分かる」
「キュウも分かる?! それも嬉しい〜」
「ふふ。コアはいい子だね」
「……へへっ。キュウも、いい子だよ」
「ありがとう」
くすくすと笑い合う。
「コーヒー牛乳ちょうだい」
「あ、ごめん! 半分ぐらい飲んじゃった」
「いいよ、別に。もっといる? 注いでこようか?」
「うーうん、いい! ありがと、キュウ」
優しいキュウににっこり笑いかけ、お便りに視線を戻す。最近は仕事が休みの日になると、こうしてファンレターや受け取ってきたお便りを繰り返し読んでいるコアである。そうすると心が落ち着いて、現実から抜け出し、どこか遠い場所に心を馳せることができるのだ。例えば、自分を好きでいてくれるファンのところ。例えば、次はこれを頑張ろうとか、ここをもと練習しようという未来へ。
──コアは必要とされている。
それが身に染みるようで、コアはこの時間が一番大切だった。
「あ、今日は七日か。立花さんに、」
「うわあぁ!!」
「! コア? どうしたの?」
コアは、手にしていた紙の束を床に投げ捨てた。フローリングを滑っていった、コアを褒める言葉で埋め尽くされているお便りが、急に遠く感じて……。
「コア?」
「やだ、おれ……ぁ、キュウ! 今日は一緒にいて?!」
「え」
「今日、おれ、一人で留守番なんだ。でも、イヤだ。一人はイヤ、」
「コア、僕、今日は休むわけには……」
「あ……! あ、ご……ごめん」
コアの表情に絶望が広がっていく。
しかし、キュウには分からなかっただろう。無理矢理に浮かべた笑顔を彼に向けると、微笑んで頭を撫で直してくれたのだ。
「早く帰ってくる。行ってくるね」
「い、」
──行かないで。
「う、うん……いってらっしゃい!」
──行かないで。
先程まで、ぽかぽかと温かかったはずの心は、冷たく凍りそうで。孤独を感じていた。
それからも。
「ギン、どこ行くの?」
「美容室。予約してあるから」
「ユズ! 今日は、」
「ごめんね。学校の友達と会う約束してるんだっ」
「アンドっ」
「うん?」
「なにしてるの……?」
「次のドラマが決まったんだ。出番は少ししかないけど、結構重要な役だから。台詞覚えようと思って」
「あ……じゃあ、おれ邪魔だよね」
「そんな。邪魔じゃないよ」
「……」
「コア、どうしましたか?」
「みんな。おれを置いてどっか行った」
「……今日は、皆さんお仕事じゃなかったでしたっけ。コアも夕方から合流ですよ」
「フール、一緒に行く」
「いいですけど……。私が会議している間、何してるんですか? 暇でしょう」
「……ごめん。なんでもない。いってらっしゃい」
まるで何もかも上手くいかず──十一日を迎えた。
それと同時に、あるメンバーの堪忍の緒も限界を迎えたらしい。
「──なんっなんだよ! この間から!」
「ひっ」
「ベタベタくっつきやがって!」
「ケィ、言い過ぎです、」
「オマエは黙ってろよ! ていうか、オマエだって呆れてんじゃねぇの? コイツ、束縛しすぎだろ! 仕事だっつてんのに行くなとか、早く帰ってこいとか……!」
「気持ちは分かるけど、ケィ」
アンドが宥める。
「ちょっと落ち着こう。頭に血が上りすぎてるよ」
「うっせぇな、落ち着かせるならコアを落ち着かせろよ! なんなんだよっ」
……リビングには、全員が集まっていた。十一月十一日。今日は運良く、仕事が休みの日だった。神様はコアの味方をしてくれた。そう思って安心したのも束の間。
『オレ、ちょっと出かけてくるわ』
不意にケィがそう言ったせいで、コアの安寧は壊れた。
『やだっ、今日はどこにも行かないで。みんなで一緒にいようよ!』
『はぁ?』
そこから火がつき、ケィは怒ったのだ。
「最近のコア、おかしいだろ」
そう言い捨て、
「ケィッ!」
コアの呼び止めも虚しく、ケィはリビングから出て行ってしまった。
数秒後、玄関扉の開閉音が聞こえ、ケィが家からいなくなったと、認識する。
「い、やだ」
コアは床に膝をつき、項垂れた。
不安や焦燥感。喪失感でいっぱいになってしまう。目の前が真っ暗になっていくようだった。
「コア」
誰かが声をかけてくる。誰なのか、分からない。見ることもできない。だって、一人減ってしまった……──。
「コア」
少し強い語調で呼ばれる。声の主がキュウであると気付いて、
「……キュウ、」
幼児のように、立っている彼に両手を伸ばした。
まるで抱っこと言うような仕草に、彼は戸惑うことなく、その手を握ってくれ、目の前に座ってくれた。
「大丈夫。僕はここにいる」
「キュウ……っ」
「だから聞かせて。コアはどうしたいの? なにかあるんだよね?」
そう優しく問い詰められて。
コアは盲目になりかけた瞳に、キュウとその後ろに並ぶ仲間達を映した。
「み、んなっ」
「落ち着いて。みんなちゃんとコアの話聞くよ」
「……ぅ、ん」
十一日。今日に近付くにつれ、コアは必要以上に一人になることを怖がった。それだけではなく、誰かが仕事に行くのでさえ嫌がったのだ。行くな。早く帰ってきて。好きなように言って、困らせるようなことをした。時として、コアは大きな子供のようだと表現されることがあるが、事実、子供のようであった。母親と離れたくない、一緒にいたい──そう言って泣き喚く、小さな子供だった。
しかし、理由がある。そうなってしまう理由が、コアにはあった。
「十一月十一日、今日が、怖い」
半分涙声で、紡ぐ。キュウは目の前に来てくれたが、他の仲間は少し間を開けたままで、彼以外、コアのことを受け止められないようである。もしかしたら、手を握ってくれているキュウも、本心ではコアのことを面倒くさいと思っているかもしれない。
そう思いながらも。
「怖いんだ」
コアは、感情が溢れ出すままに、語った。本当は、ケィがいなくなってしまったことが、なによりもショックで、堪え切れないほどの苦痛が襲ってきているのである。叶うなら、彼を探しに行きたい。
「みんなが、いなくなるのが怖い」
「いなくならないよ。仕事や用事で出かけたりするけど、みんなここに戻ってくる」
「そう言ったのに」
「……?」
「戻ってこなかったじゃないか……!」
「コア?」
「おれ、ちゃんといい子にして、待ってたのに!」
『歩人、早く帰ってくるから。いい子で待っててね』
幻影がキュウの後ろに現れ、扉の方へと去っていく。
「やだ、やだ……っ、行かないで。……行ったら、もうおれのところには帰ってこれない!」
みんなが戸惑っている。取り乱しているコアを見て、どうしたのかと。
それを分かっていながらも、コアは自分の感情を押し込めることができない。
だが。やはり、キュウだけが、恐れず側に居続けてくれた。
「コア」
大丈夫だ、と。安心させるように。
髪を撫で、頬に親指で触れてくる。
「キュウ……」
情けなく、縋り付くような声が出てしまう。
いつも笑顔で。みんなを楽しませたい。その思いが、消えてくれない。消えてくれないから、今の自分の気持ちが苦しく感じる。
「今日は、ずっと側にいてあげる」
「……!」
「だから無理に話さなくてもいい。でも、一人で苦しまないで。何の為に僕達はグループでいると思う?」
「ぁ」
「喜びも、悲しみも。みんなで分け合うんだよ。誰もコアを見捨てない。ケィのように戸惑うこともあるかもしれないね。でも、それって、分かり合える余地があることだから。だって、まだ、お互いの知らないことがたくさんあって、知ることができるんだから」
「……っ」
「ね。コア、」
その瞬間。キュウに抱き寄せられた。
そうされるとは思ってもみず、瞠 目 する。
「き、キュウ? ど、どうした……の」
「……」
返ってくるのは、彼の息遣いだけで。
「…………」
自然と、感情の高まりが凪いでいくことに、新たな驚きを感じ、まるでふと眠気が訪れた時のように、体から力が抜けた。
すると、不思議なことに言葉を緩やかに外へ出ていくのだった。
「今日は、母さんの命日なんだ」
そうすると、立ちっぱなしだったユズ、ギン、フール、アンドが囲うように側に腰を下ろした気がした。ずっとタイミングを窺っていたのだろうか。
「母さん、出かける前に早く帰ってくるって言ったのに、なかなか帰ってこないで。……気付いたらおれ、葬式に出てた。みんなこう言うんだ。歩人はかわいそう、置いてかれた。歩人を誰が面倒見る? お金がない、遺産は? 母さんが頑張って働いて貰ったお金を、はした金って。おれは、どうすればよかった? 母さんの後を追えばよかったの? でも、ダメって。母さんが言うんだ。歩人はずっと笑って、元気でいるのよ、って。でも……っでもさ、寂しんだよ。おれ、一人になって、笑顔でいても一緒に笑ってくれる人がいなくて。さっきみたいに面倒くさいって、みんな離れていった……。怖いのに。なにも言わず誰かがいなくなるのが、イヤだ。今日に母さんが死んじゃったから……毎年思い出して、怖いんだ」
「コア、くん」
ユズの声が飛び込んでくる。ゆっくり肘辺りの服を引っ張られ、触れているのだと分かった。
「今日だけでいいんだ。こうなるのは今日だけ。それは自分でよく分かってる。だから……だからさ」
「コア」
次はフール。
「一緒にいます。コアは一人じゃありません」
次は、
「コア」
落ち着いた声、ギンだ。
「誰もいなくならない」
「コア。話してくれてありがとう」
アンドが。ぐっとみんなを纏めて、抱き締めてくる。
「あはは、苦しいよ、アンドくん」
「……むさ苦しくありませんか? これ」
「あったかいね」
キュウが笑う気配。
彼の胸に頭を押し付けながら、コアは泣きそうになって、
「くっ、は……あは、ははは」
泣き笑いになってしまった。
「っ、ありがとぅ、みんな」
毎年、十一月十一日が来るのが怖かった。大好きな人が去ってしまった日だから。今が幸せだから、楽しいから。キュウ達を大切な人だと認識しているから。また、誰かがいなくなってしまったら……そう考えるだけで自分が自分でなくなってしまう気がして。
初めて、自分の秘めていた部分を明かしたようだった。
『ずぅっと歩人の側にいるよ』
ずっとなんて、永遠なんてないことは知っている。だからこそ、永遠を約束してほしい──。
「ぉ、おい」
「……ケィ?」
「……、」
いつの間に戻ってきていたのだろう。顔を上げると、出て行った時と同じ服装のケィが居心地悪そうにこちらを見ていた。
キュウに抱き締められているコアを見て、舌打ちでもしそうな表情で、床を睨んでいる。
しかし、分かる、ような気がした。彼の気持ちが。
だからコアは顔を上げ、ケィと目を合わせるようにした。
「ケィ、ごめん、ね。ケィはなにも悪くない。だから、笑って──」
「オレは謝らない」
コアの言葉を遮るように、ケィが言った。
「束縛されるのは嫌だし、さっきのコアは負担だった」
「ケィ、そんな言い方はっ」
「大丈夫だよ、フール。おれ、ちゃんとケィの話聞きたい」
「ぁ……すみません」
「ううん」
ケィの喉仏が上下する。
「……けど。オマエの気持ちは分かった。でもさ、一番を目指してるのに、途中でいなくなるとか、ねぇから」
視線が合わさる。
「……なんだよ」
居心地の悪そうに、ケィが目を逸らす。
だが、聞いた。しっかりその言葉を理解した。
「ケィ……!」
すれば、内から湧き上がる衝動を抑えることができないコアはキュウの腕の中を抜け出し、
「は! な、なん……っ!!」
無防備に立っているケィに飛びついた。
「ありがとう……っ、ケィ! みんなで一番になろう!」
「なっなんだよ! 抱きつくなっ」
「あははっ、照れてんの?」
「バッ……! ンなんじゃねぇよ!」
「ふはっ」
「笑うな!」
「でも、本音を言ってくれて嬉しい。うざいとか、面倒とか。みんなが言ってくれないことを言うのがケィだから」
「……それ、オレが嫌なヤツみたいじゃん」
「いいやつだよ、ケィは」
「……」
「みんな、いい人だ。おれは、一人じゃない……そう思ってもいいんだよな?」
「家族だから」
背後から、アンドの声がコアにぶつかってきて、包んだ。
「俺達は、家族だよ。血の繋がりなんてなくてもいい、俺達はそういうグループなんだ。みんなで支えて、支え合って。一つずつ進んでいく」
フールが首を縦に振った。
「そうですね。グループ、というぐらいですから。これはもう、運命共同体と言ってもいいのでしょう。こういうこと経て、仲が深まると言いますからね。私達にとってもいい機会だったのかもしれません」
「うん」
ユズがにこっと笑う。
「これでもっと仲良くなれたっ」
「ユズ……」
「今までは一人だったかもしれないけど、ボク達がいるんだからね」
「一人」
呟く。
「一人じゃない、そう思っていい、の?」
「言っただろ、コア」
アンドが言う。
「俺達は家族だ。どこが一人なんだ?」
「一人になれないんだ」
ギンの囁き。
色んな場所から、コアに向けて言葉が放たれる。それが、一人ではない証拠のようで。
「おれは、ひとりじゃない……」
「そうだよ。コア」
キュウが口を開く。
「僕達は家族で、運命共同体。避けようとしても避けられない、コアが逃げ出したいって思っても、僕は、繋いだ手を離さないよ」
──呪縛だ。
彼らの言葉によって、コアの居場所、存在、在り方が縛られていく。
「キュウ、」
「あ? 今度はそっちに行くのかよ」
「ケィは冷たい」
「あ゛?」
「キュウの方が温かい」
「はあ?」
「あ、あれじゃない? ケィくん外に行ったから冷えてるんだよ」
「……つってもほんの数秒だぞ」
「まぁまぁ」
ユズに宥められているケィから離れ、コアは再びキュウに抱き締められにいった。
「キュウは、あったかいんだ。母さんみたい」
「コアも。あったかいよ」
「うん……。おれは、一人じゃない。みんながいる。だから怖くない……そうなんだ」
自分自身に言い聞かせるように言い、自然と笑って顔を上げた。
「ありがとう、みんな!」
* * *
《さあさあ、今日もユーワナの時間が来たよ! 楽しく、聞いてってな!》
「コアくん、今日も良かったよ。初めての一人収録だったけど、どうだった?」
「あー、やっぱりみんながいないのは寂しい、です。けど。おれはもうわかってるんで! ──一人じゃないってこと!」
「あはははっ、なるほど。確かに、コアくんを一人にする人はいないだろうね。コアくんの側にいると、自然と笑顔になるんだもん」
「あ。っ、ありがとうございます!」
「ははは、本当に。これはお世辞じゃないからね。コアくんの魅力が、現場の雰囲気を明るくしてるところもあるんだよ。救われてることもたくさん、ね。そうだ。今度、俺の企画で、新しいラジオ番組を始めようと思ってるんだけど。パーソナリティー、やる?」
「えっ! いいんですか?! やるっ、やります、やりたいです!」
「おぉ、やる気は十分だね。じゃ、詳しくは事務所を通して伝えるから。いい返事を待ってるよ!」
「はいっ。よろしくお願いしますっ」
がばっと頭を下げ、コアはぎゅっと目を瞑った。
自分自身を少しひけらかしたことで、コアは生きやすくなっていた。
仲間を信じていても、心の片隅で“もしも”を恐れていた。自分の元から去られるのが嫌だ、何があっても側にいてほしい──傍に、いてほしいのだ。
そのことを受け入れてくれた仲間達……家族。
母を亡くした後、孤独だったコアは新たな家族を手に入れることができた。
自分が頑張ってきたからではない。彼らがコアを見つけ、家族にしてくれたのだ。
そんな彼らの手を絶対に話はしない。裏切りもしない。
「絶対、サンセプで……一番になるんだ」
「──コアッ!」
だから、落ちる、その時まで。
「大好きだったよ……キュウ……っ」
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