16 / 32

Q13-2

 いつか終わりが来る。そう思ってはいたが、唐突でもあった。 「──これからは、サンセプ、を全面に押し出していくよ。今までは個人の仕事も受けてきたけど。もっとグループとしてみんなのことを知ってもらいたい。個人では知ってたけど、サンセプというグループをまだ知らないっていう人はたくさんいると思うんだ。個人で名を知らしめてきた今だからこそ、サンセプを売る機会だと、社長も言っていてね。これからどんどんハードなスケジュールになるかもしれないけど、気合を入れて頑張ろうね!」  立花の宣言通り、個人の仕事は一度落ち着きを見せた。仕事、と言えば、サンセプみんなでするアイドル活動で。セカンドシングルを皮切りに、展開していくそうだ。  つまり、冴木との接点は断たれる。それも合法的に、だ。  これほど嬉しく、開放的なことはない。  けれど。 「なんでオマエがここに」  仕事を終え、テレビ局の裏から出たケィは、ファンなら()(はっ)()だと周知であろう出待ちをしている人物を見て、驚くざるを得なかった。 「──あれは、冴木さん、ですね」  フールが不思議そうに言う。 「ケィに用事ですかね?」 「オレは知らない、」 「じゃあ、先に行ってよっか」 「は? なん、オレも、」 「ほら、待ってるよ」  仲間なのに、どうして嫌な場所へと誘う真似をするのか。  本気で思ってしまったケィだったが、アンドとキュウの気遣いを振り払うことはできそうになかった。  ケィの姿に気付いた冴木が、こちらへ歩み寄ってきたからだ。  キュウ達が冴木の横を通り過ぎ、寸前、冴木が何やらにこやかに挨拶をする。リーダーであるアンドが愛想良く対応して……。  残されたケィは、一人、冴木と相対することになった。 「──ケィ」 「こんなところで何してんだよ」  不機嫌な声音が出る。  冴木の格好は、冴木美乃だと露見しないようにと施された厳重装備で。伊達眼鏡にマスク、キャップを被り、些かその高身長も丸めるようにしていた。 「出待ちは迷惑なんだけど」 「こうしないと、ケィに会えないでしょ」 「会いたくもねぇよ」 「いいの? そんな口の利き方をして」 「……何の用だよ」  半ば、理解していた。彼がこうして会いに来ることも、その理由も。 「ケィ、俺とまた組もう」  ──ほら、やっぱり。 「何。オレ、もうサンセプなんだけど。冴木はアイドルにはなれないよ。女好きのアイドルなんてすぐに死ぬ」 「違う。俺はアイドルにはならないよ。ケィがモデルになるんだ」 「……話にならねぇよ」  冴木の脇を抜けようとする、が。 「待ってよ」 「ッ」  痛いぐらいの力で腕を掴まれ、阻まれた。 「ケィだって楽しかったでしょ? 俺との撮影は得るものばかりだったはずだ、俺だって楽しかった。昔みたいで、」 「昔にいつまでしがみついてんだよ」 「拘っているのはケィの方だ!」 「……はぁ?」  声を荒らげた冴木は、興奮したように肩を上下させ、言葉を紡ぎ続ける。 「昔あったことを引き摺ってるのは、ケィの方じゃないか。俺は全てを忘れて、また一からやり直そうって言ってるんだよ?」 「やり直したくねぇ」 「ケィ、」 「オレは、今のサンセプに賭けてんだ! 邪魔すんな」  腕を振り払い、冴木を真正面から睨みつける。 「オマエはモデル、オレはアイドル。それでいいだろ──」 「嫌だ」 「冴木、」 「馨のしたこと、俺は、(けな)さない!」 「!」 「あいつらはどう? 馨のしたことを知ったら、仲間でいてくれる? まだメンバーと認めてくれる?」 「……、せぇ」 「違うよ。馨は蔑まれて、虐められて、アイドルとして死ぬんだ!」 「うるせぇ!! オマエに何がわかんだよっ、オレは嫌なんだよっ。オマエといると、あの頃のことを思い出して嫌な気持ちになるんだよ!!」 「ケィっ」 「うっせぇ、触んな! ……もう、顔も見たくねぇ」  懲りずに伸ばされた手を叩き落とし、冴木に肩をぶつけ強引に体を前に押し出した。 「ケィ、俺は諦めないから」  その言葉から逃げるようにし、冴木の元から離れる。  冴木との仕事を楽しんでいる自分がいた。それは事実で、隠しようもないことだった。  ──裏切られた。冴木ではなく、自分自身を裏切ってしまった。 「……ッ、」 「ケィ」  呼び声にはっとする。  俯けていた顔を上げると、一人の男がケィを見ていた。  先程のやり取りがどこか遠くに聞こえる静寂の中。キュウだけが、ケィのことを待っていたらしい。 「なん、で」  愕然とする。 「……なんで、オマエが……っ」 「ケィ?」 「……クッソ」  口から空気が漏れていく。……生きていることを実感させる無色透明の塊が、内から出ていく。それは知らずのうちに真新しくなって戻ってきて──。 「ちょっと肩貸して」  そう言ったのがちゃんと聞こえていたのか、どうか。  彼の返事を待たず、ケィはキュウに近付いて、額を狭い肩口に押し付けた。退()かれないよう、片手を握り締める。 「ケィ、どうしたの?」  彼の凄いところは、こんな時でも動揺せず、ケィの頭に手を添え、撫でてくるところであった。  * * *  ──全ては自分の為。だから馨に迷いはなかった。  家は常に無言で、寂しいところだった。母は、馨の父親とは結婚せずに別れたらしく、女手一つで馨を育てており、昼も夜も家を留守にしていた。二人で暮らしていく為に、稼ぐ為だ。母の仕事は、男に自身を売り込むことで、馨が学校から帰ると知らない男と母が楽しく会話をし、馨が気を利かせて外に出ることが定番。頃合いを見計らって家に帰れば、母は酷く疲れた顔をして寝込んでいる。  一時、今でこそそれは気の迷いだったと断言できるのだが。そんな疲労(こん)(ぱい)の母を労いたくて、自分の為に働いてくれてありがとうと言いたくて。見ず知らずの親子が綺麗だと言って指差していた花を摘み取り、家にいる母に届けた。女の人は、花が好きだと、どこかで聞いたからだ。  しかし、母は喜んでくれなかった。 『──こんなゴミ寄越してどういうつもり……?』 『お、おかあさん、』 『くれるならもっと役立つものにしてよ! 何の為に私が好きでもない男に足を広げてやってると思ってんのよ!』 『おかあ、』 『やめて! 私はあんたの母親でも何でもないっ。邪魔なのよ! いらないの!』 『……』 『あんたはいらないっ!』 『…………』  死んでいくのが分かった。心が死んでいったのだ。  * * * 「──キュウ、ケィは……その、大丈夫ですか?」 「うん」 「私も、何か、しましょうか?」 「ううん。僕が、ちゃんとそばにいるから大丈夫だよ。ありがとう、フール」 「……いいえ」  宿舎に戻ると、そんなやり取りが聞こえてきた。だが、構う余裕はない。高まった感情は、ぷすぷすと燻っているだけで、依然として興奮状態にあるのだ。今だって、フールの気遣いがうるさく思う。  このままここにいたら、八つ当たりしてしまいそうな予感がして、ケィは一人で自室に戻った。  つもりだったのだが。 「ケィ」  しれっと、キュウが共に室内へと入ってくるのであった。 「……来んなよ」  言うが、聞こえていないのか、扉を閉じてしまう。  そして、いつの日かケィがそうしたように、扉の鍵を捻って、密室にしてしまう。 「何してんの」 「僕は、ケィのそばにいたい」 「必要ない」 「そんなふうに落ち込んでるケィを、僕はそのままにして眠ることなんてできない。僕の安眠は、ケィにかかってるんだ」 「……なんだよ……それ」  キュウらしいと言えばらしい言い分に、体から力が抜けていく。 「ケィの部屋に入ったの、初めてかもしれない」  キュウが隅々まで見るように、全体を見渡し始める。 「見んなよ」 「うん、ごめん」  言いながら、遠慮なく机の上を見る。彼はプライバシーのプの字も知らないようだ。 「オマエ、何しについてきたの? オレに聞きたいことがあるんじゃないの」 「うん。でも、ケィが話したくなるまで聞かない」 「じゃ、出てけよ」  キュウがこちらを見る。 「言ったでしょ。そんな顔してるケィを、放っておけないんだ」 「……うざ」 「うざくてもいい。一緒にいたい」  まるで心が籠っているかのように言われ、ケィの心臓は動いた。  故に、温かいマグカップを渡されたと同時に絆されて、自分の()()を秘めた箱から(こぼ)してしまったのだ。  母との関係をずっと黙って聞いていたキュウは、ふと、口を開いた。 「……今、お母さんとは?」 「会ってない」 「そうか」 「高校生のうちに金稼いで、百万置いて、家を出たきり会ってない」 「うん」  真っ向から受け止めるような相槌が返ってきて、自然と眉を顰めてしまう。 「関係ない話をされて嫌になんねぇの?」 「なんで?」 「いや、なんで、ってさ。オマエが聞きたいのは、冴木と何があったか、だろ?」 「ん。そうだけど、ケィのことを知れるならなんでもいい。どんな話でも聞きたいと思う」 「……変なの」 「そうかな?」 「そうだよ。あいつらは、絶対にそんなふうに言わないだろ」 「そうかな」  語尾を少々伸ばし、微笑むキュウが、机の角に腰を落ち着かせた格好のまま、 「ねぇ、そっち行ってもいい?」  突然、距離を詰めるようなことを口にする。 「は?」  予想もしていなかったから、ケィはあんぐりと口を開けてしまうのだが。  彼は一体、何と言ったのか……すぐに同じような言葉が彼から繰り返された。 「近くにいきたい」 「……ここに?」 「うん」  ケィは自分のベッドを椅子がわりにキュウと話していたのである。話を聞いてくれているキュウに座ることを勧めなかったのもいけないのだろうけれど……。 「マジで言ってんの?」 「ダメ、かな?」  どうして躊躇われているのか分からない、と言わんばかりに首を傾げる彼に、ケィは確かにこれぐらいのことで躊躇っているのもおかしな話だと思う。 「……別にいいけど」  思わされたのだ。 「やった」  嬉しそうに呟き、キュウが隣に座る。布団に皺が寄って、普段は一人分の体重を支えているベッドが、いきなり二人分の重量を支える羽目になって呻くように軋んだ。 「……」 「……」  しかし、何か話があるわけでもないようで、 「あのさ」  ──違ったようだ。 「何」 「僕は、ケィのことが必要だよ。だからいなくならないでね」 「……は?」 「サンセプにケィがいなきゃ、もうサンセプじゃないんだから」 「…………」  キュウは離れたところにいたが、本当は冴木との話を聞いていたのだろうか。  思わずそう思ってしまうような言葉に、ケィはまじまじと彼を見つめてしまった。が、彼の表情から心裡は読めない。 「それって、どういう意味」 「そのままの意味だよ。お母さんにいらないと言われても、僕はいるって話」 「……」  真っ直ぐな思いが飛んでくる。  彼は素直でその言葉もストレートだが、嘘臭くないのは、やはり人柄のせいだろうか。冴木が同じことを口にしたら、百パーセントの確率で、ケィの(はらわた)が煮え繰り返る。 「一緒にいたいんだ。そして一緒に一番になる。何があっても」 「……何があっても、ねぇ」 「みんなに何があっても、僕が手を引っ張って、一緒に連れていく──」 「望んでなくても?」 「え」 「連れていかれることを、オレが望んでなくても?」  意地悪な問いであることは自覚している。今でもケィは一番になることを望んでいるのだから。  それでも意地の悪い問いかけをしてしまったのは、キュウを試してみたかったからだ。  彼が答えるまでに数秒かかった。 「望まないわけがない」 「は」 「みんな何かの一番になりたい。僕の知ってるみんなは、一番になる前に諦める人達じゃない」 「……」 「だから、いつだって一番になることを望んでいる。僕とケィ、アンド、フール、コア、ユズ、ギン。この七人でなることを望んでいるんだ。そうでしょ?」 「ふは、……とんだ自信だな」  つい吹き出して笑ってしまうぐらいには、キュウは大した自信家である。それに、自然とメンバーを煽ってくる。キュウの知っている人間なら諦めないと言われて、諦められるほど、ケィはキュウに幻滅されたくない。 「よかった、笑ってくれた」  嬉しそうに言う。  それを見て、新たな思いがケィの中に生まれてきたのだった。 「でもさ、オレがしたことを聞いたら、オマエは幻滅するんじゃないの?」 「……?」 「この際だから、オマエだけに話すよ」 投げやりになったわけではない。 もしも彼が受け入れてくれるなら……“引き留めて”くれるなら……ケィは──。

ともだちにシェアしよう!