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Q14
key side:daily:Hymn
死んでいると思っていた自分が生きているのだと実感して、ケィは、以前よりもアイドル活動に熱心になっていた。
「──ケィさん、最近、噂になってますよ?」
「え」
「ケィさんが前よりも、楽しそうに踊って歌って、嬉しそうだって。最初の頃は、……失礼かもしれませんが、色気をメインに出されていたと思うんですが。ファンの中ではよく見るようになった笑顔が可愛いって」
「ぁ、あー……はは、好かれてるならよかったです」
「──ケィ、なんか嬉しいことあった?」
練習室。ダンスレッスンの前のウォーミングアップ中、隣にいたギンが首を傾げつつ聞いてきた。
「……オマエ……よくそんな体勢で喋れるな」
「?」
ぴたっと床に引っ付くようにして開脚しているギンに、無意識に顔を顰めながら、ケィもストレッチを開始する。
「別に。嬉しいとかじゃねぇよ」
「そう? 嬉しそうに見える」
「……ふぅん」
「ファンの子も、最近、ケィが変わったって」
「話したのか?」
「話してるのを見た、聞いた? って感じ」
「あぁ、移動中? オマエ、躊躇なく電車とか使うからな」
「バレないから」
「バレてからじゃ遅せぇだろうが」
「うん、気を付ける」
飄 々 と躱 された気がして、ギンのことはまだ知らないことばかりだと思う。彼は無口無表情だともっぱらの噂だが、そうでないことはメンバーが保証できる。けれど、彼は自分自身を表現することに、まだ慣れていないようだ。
「あ、みんな来たよ」
ギンがそう言うと、練習室の扉が開き、五人がぞろぞろと入ってきた。先に来ていたケィとギンに遅れたことを謝るアンド。ケィが先にいることに驚くフール。コアとユズが元気がいいことに早くも飛び跳ねて。
キュウは、
「家、早く出たの?」
真っ直ぐケィの元に来て、タオルを定位置に置く。
……好きだと言ってから、特に変化はなかった。キュウから返事があったわけでもないし、付き合うことになったわけでもない。まるであの時の告白はなかったようになっていて、二人の間はそれまでと同じであった。ケィの過去も、キュウは胸の内にしまっているようで、メンバーは何も知らない。だからいつも通り。グループとして活動を始めて知名度も着実に浸透し、サンセプのケィであることが認知されている今。
冴 木 と仲が良いことは、最早忘れ去られていた。
冴木は、どうしているのだろう。ある日、忽 然 と、彼が所属している事務所のホームページから消えていた。それに気付いてから、彼を見ていないことにも気付いて。
噂では、女の子を妊娠させてクビになっただとか、麻薬を使用しているところを見られて解雇されられただとか、根も歯もない噂話で冴木美 乃 は汚され、人々の記憶から消されていくようだった。
ケィの携帯端末に残っている彼の連絡先。連絡をとってみようとは思わなかった。ケィが連絡しても、もしそれに冴木が出たとしても、かける言葉はなかったからだ。
冴木に酷いことをした。けれど、謝る以外、ケィにできることはない。ケィはモデルではなく、今のグループでアイドルの頂点を目指すのだから。……もう、冴木の手を望むことはないのだから。
酷い男だろう。だが、それが自分であり、ケィである。昔手を組んでいた男のことを切り離してでも、今一緒にいるメンバーと頂点を極めたい。その気持ちは、日に日に増している。
そして自分には、一番になることで、冴木に報いることができるような気がしていた。冴木を振り払ってしまった自分が唯一できることは、言ったことを全うし、それを冴木に見せることなのだ。
アイドルで一番になったところを、何が何でも見せつけなくてはならない。
* * *
「──デビュー一周年の記念すべきライブ。みんな、最後まで楽しんでいくよ!」
「お〜っ!!」
アンドの気合い入れを始めに、全員が拳を高く掲げた。
ニ周年記念の特別なライブ。ケィはいつも通りのパフォーマンスをした。歌って、踊って、笑って叫んで。今までで一番、自分の実力を出せたような気がして、楽しかった。自然と口角が上がってしまう。
声が迸 る。観客の歓声に煽られるようにして、体に流れる血が騒 めく。ごぅっと音を立てて巡っていく。
心臓が動く、鼓動する。
不意に嗚 咽 が漏れた。別に泣きたいわけでも、涙 腺 を刺激されるようなことがあったわけではない。けれど、
「っ……ぅああああああ!!」
「!」
「!?」
「はっ、まだまだ……まだまだいけるだろ!? オマエら!!」
メンバーが驚いている。ケィの変化に、いつもなら出さない叫びに。煽りに。
しかし、彼だけはそうでない。口元にあるマイクを手で覆い、誰にも聞こえないように、
「最後の曲。僕のソロ、ケィに任せる。立ち位置も。できるよね?」
「……」
──笑ってしまう。彼の信頼を得ていることが、必要とされていることが──嬉しくて。
「あぁ、やってやる」
マイクに拾われないよう彼に倣 って、ケィは頷き、笑った。
瞬間、悲鳴にも似た黄色い歓声が会場内に充満し、膨れ上がる。キュウとのやり取りを目撃したファンが、堪らず声を上げたのだろう。彼女達は何故か、ウィンクや指差しをされるより、メンバー同士の絡みに興奮するらしいことは、ニ年もすれば分かっていることであった。
だが、ケィが笑うのは、ファンサービスではない。言ってしまえば、嬉しすぎて笑ってしまう、ということでもないのかもしれない。
ケィは意識的に笑っている。
今日も隠されたキュウの泣きぼくろ。ケィしか知らない、キュウが躍起になって隠している特徴。ケィにも泣きぼくろがあるから、と自分のキャラではないと隠している彼に伝えたいことがあった。
──隠していることも、素直に明かせば、喜ばれることもある。疎 まれることはないのだ、と。
ケィが笑うことによって喜んでくれるファンがいる。つまりそれは、キュウの新たな身体的特徴を目撃したファンも喜んでくれるということなのではないか。
──オレは、キュウが好きだ。
理解してくれる日がくればいいのに、と柄 でもないことを思ってしまう。
その日。ケィの様子は、爆発した、とファンの間で話題になるほど、アイドルとして覚醒した歌唱力、ダンスを見せつけた。
キュウの提案も難なくこなし、何も知らないアンド達を驚かすこともできた。だが、どこ乱れることなく最後の曲を歌い終えることができたのは、くさい言い方だが、仲の良さが露呈した形なのだろう。
その代償か。
「──一週間は安静にしてくださいね」
ケィは酷使した喉を痛め、一週間の療養生活を送る羽目になった。
「──では、よく休んでくださいね。これまで纏まった休みを作ってあげられませんでしたから、いい機会だったと思います。一週間後のスケジュールはケィ君の様子を見つつ、改めてお知らせしますね。アンド君、後はお任せします」
「ありがとうございます。助かりました」
「、ます」
病院の送迎を買って出てくれたマネージャーの立花に頭を下げ、ケィはふぅっと息を吐いた。喋ることは特に禁じられなかったが、声を発すると喉が切れたように痛むのだ。自業自得とは言え、痛いものは痛く、喋りたくはない。
アンドが玄関先まで出迎えてくれたメンバーに事情を話している間、ケィは手洗いとうがいを済ませ、みんなが集まっているリビングに向かった。
「──あ、ケィくん!」
「──よかった! 命に別状なくて!」
「──コアは心配のしすぎですよ。一週間休めば大丈夫なんですよね?」
フールに問いかけられ、ケィはマスクを外して答えた。
「ぅ、ん。悪い……」
「謝らなくもいいんですよ。立花さんも言っていましたが、確かに最近の私達は休みがなくちょうど良い機会でしたよ。皆が休めるらしいので。と言っても貴方のことは心配ですが」
「大、丈夫、だから」
「カッスカスだな」
「こら、コア」
アンドがコアの頭の上に手を置き、ケィに笑いかけてくる。
「俺達のことは気にしないでゆっくり休みな。ライブでのケィ、凄く格好よかったよ!」
「……ありがと」
「──キュウ、は?」
「あれ、先程までそこにいたんですが」
ギンとフールの声を背に、自室へと行き、服を脱ぐことにした。
彼らの、どこかケィの変化を喜んでいるような、生温かい目に居た堪れなくなったのだ。それに誰かといれば自ずと喋らなくてはならず、昨日の今日では少々辛い、というのが正直なところであった。
病院に着ていった服を出入り口付近に放り投げ、部屋着になる。
「ぁ……あー……んん゛」
医者は一週間もしないうちに痛みはなくなると言っていたが、本当だろうか。
「疑うぐらいに痛いな」
コアが言っていたように、無意識に痛み軽減しようとしているのか、声を普通に出しているつもりでもその実、掠れているのだった。
アイドルが歌えないのでは意味がない。そう言っても過言ではないのだから、──ふと、部屋の扉がノックされた。
「ん?」
単音で応答すると、ゆっくり扉が開く。
「ケィ。よかった、起きてた」
「はは。頭痛いわけでもねぇのに、寝ないだろ。キュウ」
出迎えには出てこなかったキュウが室内に入ってくる。惑うことなくケィの隣、ベッドに腰掛けて、持っていたものを手渡してきた。
「これ。喉に効くらしいから飲んで」
「……なにこれ」
マグカップの中を覗き込んでみれば、果実が擂 られたものが黄金色の液体に浮かんでいる。
「梨と蜂蜜を一緒に煮て、アクセントに生姜を加えたんだ。飲みやすいと思うけど……」
「オマエが作ったの?」
「うん。喉痛めたって聞いたから」
「そ、か……ありがと、な」
「うん」
湯気が立ち上り、優しく甘い匂いがする。マグカップに口をつけ、喉を労るようにゆっくりと流し込んだ。
「ん、うまい」
「うん。ユズも美味しいって言ってた」
「……ふぅん。オレの為じゃねぇんだ」
「え?」
「別に。……で。いつまでここにいんの?」
「あ……、うん。ケィに、お礼を言おうと思って」
「お礼?」
手を伸ばさなくても触れられるぐらいの距離にいる彼は、改めてこちらに向き直ってくる。
「昨日のライブでのケィのパフォーマンスは、またサンセプを前に進めるものだった。ケィのお陰で前進できた」
「オレだけじゃねぇだろ。あれはオレ達のニ年やってきた集大成だろ」
「……」
キュウが信じられないものを見たとでも言うように瞠 目 する。
「は、何」
「いや……」
「オレがそんなこと言うとは思わなかった?」
「ううん。……ぃや、うん」
「ははっ、どっちだよ」
「思わなかった。ケィは、自分の魅せ方を分かっているようだったけど、どこか一歩線を引いてたから……」
昨日は嬉しかったんだ、と唇が囁く。
「嬉しい、ねぇ」
「正直、僕もすごい興奮した」
「……あ?」
いつになく言葉が直接すぎて、つい彼を見つめてしまう。
と、気付くのだ。キュウの頬が赤く染まっていることに。
「なんて顔してんだよ」
「あ、ごめん」
──変な顔をしている自覚があったのか?
「とにかく、昨日のケィ、嬉しかった。だから、それにありがとうって言いたかったんだ。最近、みんなとの仲が前よりも深まっているみたいで……一番に近付いてると思う」
「……気が早ぇよ」
「うん。けど……早く、みんなで立ちたいな」
どこか遠くを見つめるようにして、キュウは上気させた頬を緩める。
キュウにしては珍しくだらしない顔をしているので、彼が感じているだろう嬉々とした感情が伝わってくるようだった。
「……」
こそばゆくなった。
「オレさ、ずっと死んでた」
「……?」
「母親に言われたことで、死んだ気になってた。でもさ、生きてるって、オマエが思い出させてくれたんだ」
「ぇ」
「オマエといると、鼓動を感じて。嫌になるほど自分が生きてるんだって分かった。あの時のオレにお礼を言うなら、あのオレを作ったオマエ自身を褒めればいいと思う」
「……」
一瞬、彼の瞳の中に煌めきを見つけた気がした。それも一瞬のことだけれど。
「前に握手会で、オレの存在が生きる理由だって言われて、ああ重いなって思ったんだけどさ。今ならその気持ち、分かる気がする。……オレは、キュウがいるから、自分がまだ生きていていいって思える、ありがとう──」
途中から気恥ずかしくなってしまい、口早に言い終えた。じっと見つめられているのが分かったが、目を合わせたらダメな予感があったから意地でも床を睨む。
“あの時”は互いが酔っていて、バーという雰囲気があったから許されたことであって──。
「ケィ、」
「!?」
「……っ」
「な! 何してんだよッ!?」
「少しだけ」
「あッ?!」
「少しだけこのままでいたい」
「、……っ、……は、ぁ?」
そうだったから、許されたのではないのか……?
お腹あたりに感じる温かさに狼狽え、まるで拳銃を向けられた時のように両手を顔の位置まで上げるケィ。
さすがに抱き締めることはできなかった。
何故、キュウは抱きついてきたのか。
分からない。目の前の状況に混乱するばかりで、ケィは何もすることができなかった。
「──ねぇ、ケィー」
「!!」
次の瞬間。突如扉が開き、ノックもなしにコアが現れて。
「うん? ……この状況は……」
「な……!」
ケィの心臓はどきどきと音を立てたようだった。悪いことなど何もしていないのに、言うなればキュウがしていることなのに、言い訳ばかりが頭に浮かび、コアの口を封じたくなる。
「コ、コア、オマエ──」
「そうすれば、ケィの喉、すぐ治るの?」
「……え?」
「じゃあおれもやるっ」
ぱっと笑顔になったコアは跳ねるように飛び込んできて、キュウとは逆からケィのことを抱き締めてきた。
「は……?」
混乱に戸惑いが重なる。
もう解決したこととはいえ、コアのあまりな束縛に耐えかねて、酷いことをしたばかりだというのに。
「コア……」
つい動揺してしまう。彼の天真爛漫で純粋な部分は長所であり、羨ましくもある。だが、それが自分に向けられた途端、どうすればいいのか分からなくなるのだ。
「やっと、ケィが本気になった。なぁ、キュウ」
「……うん。やったね」
分からないことの連続で、視線を交じらせた二人がくすくすと笑い合う。完全にケィは蚊帳の外だった。二人してケィに抱きついてきているというのに。
「オマエらな、」
「──コア? ここにいるんですか? 邪魔しては──……って何してるんですか」
開きっぱなしだった出入り口からフールが姿を現し、ケィ達を見て呆れたような顔をする。
「あっ、フール! フールも!」
「はい?」
「こうしたら、ケィの喉がよくなるんだって!」
フールの眉がぴくりと動く。
「誰が言ったんですか、そんなこと」
ちろっと、瞳がケィに向けられた。
「お、オレじゃねぇよ! キュウがいきなり抱きついてきて……」
「誰かに抱きつくのはいいよ」
と、キュウが輪郭のない声で言う。
「ははっ、キュウ、眠くなってきたんじゃないの?」
「ん。ケィ、気持ちいい」
「ひぇ!」
キュウの腕が体に巻き付き、お腹を押す。
「仲が良いようで何よりですよ」
「なにしてんの」
「あ、ギン。見てください、彼らを」
「……へえ。楽しそうだね」
「フールくん、コアくんいた? あっ! なにしてんの?! ずるい、僕もっ」
わらわらと。メンバー達が集まってくる。リビングでゆっくり休めと言っていただろう、アンドまで。
「なんだよ……みんなして……」
これでは休むどころではない。ユズなんかはキュウに抱きついていて、ケィには一切触れていないし。フールはそれを穴が開くのではないかと思うほど凝視しているし……抱きつきたいなら抱き付けばいいのに。
それぞれ、ばらばらな思いが伝わってくるようで、ケィは息を吐いた。
キュウが見上げてくる。お腹に顔を埋めているものだから、誰よりもケィが溜息をついたと分かったのだろう。
ユズ達が喋っていてこちらに意識が向いていないのをいいことに、しばらく見つめ合う。
彼の瞳の中に、先程の煌めきはないか……探してしまう。
「ケィ」
「な、なんだよ」
「僕も、」
「?」
途切れた言葉を求めて、首を傾げる。
すれば、キュウは微笑んだ。
後に続く言葉は、なかった。その後も、聞くことはなかった。
しかし。確かにこの時、また鼓動が聞こえたのだ。
生きている証、生きていてもいい証。望まれている証、求められている証。
この想いは、これからずっと、くさいけれど、永遠に変わらない。
「、ねぇ、キュウくん!」
「うん……。なに、ユズ」
ずっと、好きなままでいる。
* * *
「──むかつく」
冬 矢 はテーブルに頬杖を突きながらそう呟く。
「──またかよ、オマエ」
それに秋 が呆れたような声で呼応し、溜息を吐いている。
「──冬矢。ほら、これでも飲んで落ち着きな」
「……ありがとう」
キッチンから戻ってきた夏 月 が湯気の立ち上るカップを渡してくる。
その素直さが彼をそうしたのだろう。ふっと笑った夏月は、冬矢の頭を大きな手で撫でてくる。それに荒んだ心が磨かれていくような心地の良さを感じながら、秋の遠慮のない視線に機嫌は戻らなかった。
「何見てんの」
「いや? 素直で可愛いなって」
「……思ってないこと口しないでくれる?」
「そんなブスブスしてたら可愛いものも可愛くなくなるぞ」
「そんなの……知ってる」
「冬矢、プリン食べる?」
「! たべ、」
「夏月、餌付けはそれぐらいにしておけ」
「!!」
「こら。秋、ダメだよ。冬矢をいじめちゃ」
「別に虐めてねぇし」
「もう。ほら、冬矢。食べて」
「……」
目の前に、手作りのプリンが置かれる。甘くも香ばしいカラメルの匂いが漂ってきて、お腹を刺激した。
プリンと共に置かれた銀のスプーンで、柔らかな小山を突き崩す。
一口。
「……おいし」
「よかった。今日はちょっとカラメル焦がしすぎたかなって思ってたんだけど」
「ううん。俺はこれぐらいが好き。いつものも美味しいけど」
「ん、分かった。今度からは焦がしめにするね」
「うん。あ、」
頷いて笑うと、秋が冬矢の手からスプーンを奪い取って、大きな一口を持っていく。
「プリン一つで機嫌が直るとはね。オマエが安直なのか、夏月の腕前が凄いのか。ん、美味いな」
「もうっ、これは俺のなんだから」
「別にいいだろ」
「よくない!」
「はは、秋も食べる? まだあるよ」
「それに俺は安直じゃない。夏月の腕前が凄いのは当たり前」
「ああそうかよ」
「冬矢がそう言ってくれるの嬉しいなぁ」
「で?」
秋が場を引き締めるような一音を発する。
「何にそんなムカついていたわけ?」
「……言わなくても分かるんじゃないの?」
「予想はついてる」
と、秋。夏月も背の高いパイプ椅子に腰をかけ、話を聞く体勢に入った。
それを隣で感じ取った冬矢は、忌々しい姿を脳裏に浮かべる。
「あいつら」
突如現れた七人の影を。
「目障りなんだよ」
秋がふっと笑う。
「言うねぇ。誰かに聞かれたら即叩かれるぞ」
「叩かれることには慣れてるでしょ」
「うーん、おれはちょっと心が痛いかな。誤解されるのは嫌だよ」
夏月は冬矢の言葉に苦笑する。
「そんなのどうでもいい。分かってくれる人が分かってくれれば。……あいつら。サントラップセプテット。デビューしてからこれまで順調に進んできてる。いい気になって」
「まぁ、あれだけ売れたら誰でもいい気になるよな」
「そうだね。おれ、たまに歌口ずさんじゃうんだよね」
「ちょっと」
冬矢は二人を睨みつける。
「二人はどっちの味方なの」
「どっちって?」
「え?」
「……」
言葉を飲み込み、別の言葉を吐き出す。
「この世界は、弱肉強食。いい気になっていれば、必ず足元を掬われる」
「あぁ、オマエ……雑誌にオレ達の時代はもう終わったって書かれて頭に来てるんだろ?」
「えっ、そうなの?」
「ほら、前にオレ達の仲を疑ってしつこく付け回してた週刊記者いただろ。そこだよ」
「あー……。ごめん、おれ、そういうのあまり読まないからなぁ」
「いいことだよ。あんなの読むだけ無駄だ」
冬矢はぎりっと歯を噛む。
「サントラップセプテットは、叩き潰す。これまでそうして来たように。誰にも俺達の邪魔はさせない」
「いいんじゃないか。それに関しては意見は同じだ、冬矢」
「うん。おれもだよ。王冠を守るのも、それを被る者の務めだしね」
「……分かってるならいい。──サントラップセプテット、キュウ。お前を折れば、サンセプは頂点には輝けない」
ぎゅっと握ったスプーンをプリンに突き刺す!
「……」
「……」
秋と夏月が密かに視線を交わし合った。
だが、関係なかった。冬矢の瞳には一人しか映っていないのだから。
「大丈夫。俺達ならやれる。今までそうしてきたんだから」
世間が時代が変わると言っていても。その評価を覆せばいい話だ。
二組の邂逅は、もうすぐそこ。
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