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Q15-1
gin sidE:idOl:brutal heart
羨ましいと思った。
自分の感情を真っ直ぐ表に出すことのできる人を。その温もりが欲しいと言えることが。
幼い頃から、感情がないのではないかと言われてきた。
アイドルという活動をする中で、自分のことを鉄仮面だと言い、嫌いだと公言する人がいる。それならそれでいい。嫌いという気持ちも立派な感情である。
しかし、自分がそう思われることで、仲間達まで嫌われるのは嫌だと思うのだ。
──ギンは思う。
どうしたら、みんなが見えないところまで沈んでいけるのだろう、と。
* * *
定期的に開かれる、立花との会議にて。仕事の合間を縫って宿舎で開かれた今回だが、リビングにある大きなテレビには、サンセプではないアイドルの姿が映し出されていた。
《──それでは皆さんお待ちかねの質問コーナーの時間です!
ここからは、デーフェクトゥスの皆さんとお伝えしていきます。──よろしくお願いします》
《お願いします》
《お願いします》
《あ、お願いします!》
司会である女性アナウンサーににこやかに笑いかけられた男三人がそれぞれ挨拶をする。
《早速ですが。デーフェクトゥスの皆さんはファンとの距離について、どうお考えですか?》
《どう、とは?》
《アーティストさんそれぞれ、ファンに対する姿勢というのも違うと思うのですが》
《そうですね。比較的、僕のファンは、僕を理解し、デフェというグループを理解してくれています》
女性アナウンサーに感化されることなく、マイペースに言葉を紡ぐ中央の男──ミカ。デーフェクトゥスのセンターであり、歌、ダンスと共に一流の実力を持っている。両脇に控える二人に比べれば幼さの残る顔つきだが、笑うことはない。
《遠くもなく近くもなく。いい関係を築けていると思います》
《ハネトさんはどうお考えですか?》
《俺は》
ミカの左手にいることが多いハネトは、黒い長髪のサイドを編み込み、世の女性を虜にする精悍な容貌を惜しげもなく晒している。
《俺のファンはいい子が多いですよ。危ないことも人の迷惑になることもしないし》
《何それ》
低く機嫌を損ねたような声音をミカが出す。その表情は声音を投影したように、きつい。
《まるで僕のファンが危ないことをして人の迷惑になってるみたいな言い方だね》
《そんなことは言ってないだろ》
《僕のファンのことを貶 めるようなこと言うのやめてくれない? それこそ迷惑》
《はっ》
《ちょっと二人とも。──すみません、仲が悪くて》
一方、そんな二人を見守りつつ司会者に謝罪を口にするネンは、特に悪びれた様子もなくにこりと笑い、話を広げていく。
《おれ達はこんなに仲が悪いですけど、ファン同士の仲は結構良好みたいです。SNSを見たりするんですけど、定期的に交流会を開いてるみたいで。すごく嬉しいですよね。みんなおれ達を信じてくれてついてきてくれてますから、デフェはそんなファンの思いに応えようと、日々努力しています。……あ、質問に答えられていないですかね?》
《いいえ! とても素敵なお話でした! では、番組宛に届いた質問をいくつか紹介していきます。今のように、ファン距離感は──》
デーフェクトゥス。今、一番人気のアイドルグループ。デビューしてからというものの数々の記録を打ち出し、常に最前線を走っている。ミカ、ハネト、ネン。それぞれの個性を活かし、時には混じり合う彼らのパフォーマンスは、世間の目を集める。
しかし、彼ら三人は番組収録時にも隠せないほど、仲が悪かった。取り繕うことなく仲の悪さを露呈させ、誰もフォローしない。グループであるのに個人の自我が強く、インタビューでは口喧嘩に発展することもしばしば。
こんな仲の悪いグループは見てられない──普通ではそうなるところなのに、No. 1の人気を得ている理由に、彼ら三人のパフォーマンスがあった。
歌はハーモニーを奏で、ダンスでは互いを刺激し合い、立ち位置は寸分の狂いもなく完璧。上げる腕の高さ、足の角度。身長も体格も違うのにきっちり揃うパフォーマンスは、観客の目を惹きつけてやまない。そしてそれは、仲の悪さをカバーできるほどの強烈な力を持っていた。
そんなちぐはぐなデーフェクトゥスのインタビュー、パフォーマンスを宿舎のテレビで鑑賞していたサンセプは、自然と黙り、彼らにしばらく陶酔した。
デーフェクトゥスの出番が終わり、映像が止められる。
「彼らがデーフェクトゥス。サンセプが、ライバルと見据える国内でNo. 1の人気を持つアイドルです」
立花がそう言い、一度深呼吸をする。
「どう思いましたか?」
「……すごい、としか言えない」
呆然と、コアが映像が止まったテレビを見ながら半ば呟く。
それにユズが頷く。
「うん……」
「どうして仲が悪いのに、皆から愛されるのか。理由は分かった気がします」
と、フール。
「彼らのパフォーマンスには、仲の悪さをカバーし得るものがある。人の目を惹きつけてやまないんです。たとえ仲が悪くても、それを目にしたい、歌やダンス、それだけではない他にはない表現を見たくて堪らなくなる」
「語るじゃん」
「ケィもそう思ったんじゃないですか?」
「まぁな。ライバルには申し分なし」
「ケィくんは怖くないの?」
「あ?」
「だって、」
ユズが息を飲み。口を開く。
「だって、デフェは完璧なんだよ? それを今、再認識した。ボク達、デーフェクトゥスを越えられる……?」
「何弱気に、」
「ユズ」
その声に、誰もが彼のことを見た。
「ユズ。僕達には、デーフェクトゥスが持ってない強みを持ってる」
「キュウくん……それって?」
「分からないの?」
「ぁ……え、と……、ごめん。なんかボク……」
「僕達は仲が良い」
「……え」
「うん?」
「は?」
「キュウ……」
ユズ、コア、ケィ、フールが反応をする。
「僕達は仲が良いんだよ。それがサントラップセプテットにあって、デーフェクトゥスにはない強みだ。ユズ、みんなも勘違いしないでほしい。仲の悪さが、パフォーマンスの質に直結してるわけじゃない。それはデーフェクトゥスだけの結果であって、僕達の結果にはならない。仲が良いということは、互いのことを知っている証拠で、誰が次にどんな動きをするのか、こういう時どう対処するのか、それが分かるでしょう? それを知っている分、互いに補うことができる。もっと高め合える。デーフェクトゥスに勝るとも劣らないパフォーマンスができる証なんだよ」
「……」
──ギンは、彼をみて、言葉を聞いて、ああそうなのかと思った。デフェは圧倒的に王者で、頂点に君臨し続けている。芸能界という弱肉強食の世界で。
数々のアーティストをその鋭い牙で屠 ってきたデーフェクトゥスを、ギン達サントラップセプテットが食い破ることができるのだろうか?
「そうだよな」
それまで黙っていたアンドがようやく声を発した。
「うん、キュウの言う通りだ。俺達には俺達の強みがある。言ってしまえば、デフェが持ってない強みだ。それが武器になる、まだまだ伸び代はあるよ!」
「ええ。あまり悲観的にならなくても良いでしょう。私達の人気も、ファンも、増え続けています」
「……うん……! うん! キュウの、言葉、すっげぇ胸に届いた! 元気出た!」
「まぁ、うちのセンターはデフェの三人に比べても他人の目を惹くからな」
「キュウくん、大好き!」
「ユズ、いきなり抱きついたら危ない」
「ふふっごめんなさい。でも嬉しいっ」
キュウの腕に抱きとめられたユズが幸せそうに笑って、それを見た仲間が呆れたように、どこかくすぐったそうに笑う。
その様子を窺っていた立花が、はあぁぁと安心したような息を盛大に漏らしたのだった。
「よかった! みんなの意思は強いね。これなら次の段階に行ける」
「次の段階?」
アンドが首を傾げる。
「はいっ。ニ周年のライブも無事に終わり、フール君が言ってくれたように人気と共にファンの数も増え、“次”を待ち望むファンの思いも高まってきています。そして、その次は、サンセプが一方的にライバル視していたデーフェクトゥスに、同じく、ライバルと認識してもらうような活動展開です。つまり……やっと、デーフェクトゥスと共演します!」
「え!!」
「だからみんなにデーフェクトゥスを見てもらい、思っていることを聞いてみたかったんです。もしもデーフェクトゥスに対して後ろ向きであったら初共演を控えることも考えていました」
立花の言葉に、一同は顔を見合わす。その中でフールが、真剣な表情で問うた。
「では、共演することを教えてもらったということは……?」
「はい。キュウ君が言ったように君達には君達だけの強みがあります。それを認識した今、確実に一歩前に踏み出せた。そう思ったので、このまま共演する方向で調整を進めようと思います。まずは個人共演をきっかけに、最終的には、国内のベストアーティストを決める祭典、アイドルミュージックアワード、通称AMA でデーフェクトゥスを玉座から引き摺り下ろし、サンセプの時代であることを皆さんに知らしめます!」
* * *
会議が終わると、コアを筆頭にデーフェクトゥスと共演することに興奮した仲間達がリビングに留まり話に花を咲かせていた。
オーディションを得て練習生に、先にデビューし着実に人気を兼ね揃え、地位を固めていったデーフェクトゥスに羨望を抱きながらここまできたサントラップセプテット。
彼らの嬉しさは計りしきれない──ギンには。
喜んでいる仲間達に水を差すわけにはいかないと思い、黙ってリビングを出たギンだったが。
「ギン」
そんなギンの様子を見逃さなかったらしいキュウが後を追ってきた。
「キュウ……どうした?」
「ギンは、嬉しくない?」
「なにが?」
「デーフェクトゥスと共演すること」
「……サンセプにとっていいことだと思う。デーフェクトゥスをライバルだと思ってたし、共演は必要なこと、だと思う」
逡巡しつつもそう言ったギンに、キュウは首を左右に振った。
「そういうことじゃなくて、ギンにとって、だよ。ギンが嬉しいと思ってくれたら、僕も嬉しいと思うよ」
「……うん。嬉しいよ。一番に近付くから」
──視界に映り込む白が邪魔をする。感情を表に出すこと、素直になること。視界に映り込む白がギンを閉じ込める。その世界は、お前が住んでいい場所ではないと。
「ギン君」
そこへ、立花がリビングから出てきた。
「今、話いいかな?」
「あ……」
反射的にキュウを見る。
が、彼の視線は立花に向けられていて、ギンとは目が合わなかった。
「大丈夫です。僕はみんなのところに行ってます」
「ありがとう、キュウ君」
「いいえ」
微笑みを残したキュウの手によってリビングと廊下を隔てる扉が閉められ、ギンは立花と二人きりになった。
マネージャーである彼は苦笑いを浮かべ、はあ、と息を吐く。
「仕事の話をしたいとは言え、僕はタイミングが悪いな。前からみんなの話を遮ってばかりだ。──ごめんね、ギン君。キュウ君と話してたでしょう?」
「……いえ。大丈夫です。話って、何ですか」
「あ……そう……?」
どこかギンの返答に戸惑った様子を見せながら、眼鏡の彼は黒の手帳を開いた。
「さっきも話してたけど。ギン君にお仕事の依頼が来てます」
「はい」
「国内最大手の美容院、WINGINN の広告塔として、ポスターに始まり、CMも作られるということです。そして、デーフェクトゥスのミカ君との共演です」
「……はい」
* * *
『最初はギンくんか、ちょっと心配。みんなで初共演できたらよかったのに……っ、ボク達が側にいると思って頑張ってきてね!』
『できたら、サインもらってきてよ!』
『こら。コア。ギンはお仕事で行くんですよ。公私混同はいけません、不真面目だと思われるじゃないですか』
『確かに。デーフェクトゥスは、ちょっと怖い雰囲気あるよね。規律とかルールとか厳しそうだし……凄い怖くなってきた』
『アンド……貴方がそれを言ってどうするんですか。リーダーなんだからどっしり構えてもらわないと』
『あ、ごめん』
『ギン。プレッシャーをかけるわけではありませんが、今後のことにも関わる重要なお仕事です。是非、頑張ってきてくださいね。皆で応援しています』
真剣な表情と、期待、それと隠し切れない興奮。普段冷静なフールでさえ、デーフェクトゥスの共演は待ち焦がれたものであり、緊張するものであるらしい。
「……」
いくつもの頑張れという声が、まだ背中に残っているようで。立花が運転する車の中は静かであるはずなのに、何度も仲間達の声が蘇ってきて、ギンを急かした。
「ギン君、眠かったら寝ててもいいからね」
「はい。大丈夫です」
「僕、昨日眠れなくてさ。マネージャーなのに凄い緊張しちゃってて……。それなのにギン君はいつもと変わらないね」
「……緊張、してますよ。今後に関わることだって、フールに言われました」
「あはは、フール君は地味にプレッシャーを与えるなぁ。気負わず、いつも通りにすれば大丈夫だからね」
「はい」
朝から心を躍らせた子供のように騒がしく、笑顔で送り出してくれた仲間達とは違い、ギンの心中は常に穏やかであった。
* * *
コアが言っていた。この世界における挨拶は基本で、それは顔を覚えてもらう為の布石なのだと。
それを聞いてからギンは意識的に隅々まで挨拶をするようにしている。自分がどう思われてもいい。けれど、挨拶をしなかったことで、頑張って自身の信条の元、挨拶をしているコアの努力が無駄になってはいけない。そう思ってるから。
しかし、それでは駄目なのだと。
“彼”を見て思った。
「──おはようございます!」
広々としたスタジオ内に響く、よく通った声。誰がどんな状況にあっても振り向かざるを得ない、圧倒的な存在感を与える声量。だが、掠れても割れてもおらず、美しく、爽やかさを艶で閉じ込めたような声色。
「デーフェクトゥスのミカです。今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!!」
一人の声に対し、何倍もの声の数で返ってくる。言ってしまえば、そこにいる全員が、彼の挨拶に応えたのではないだろうか。
「……」
かつかつと靴音高く、ミカはギンに近付いてくる。彼の瞳は決して他人と相入れることを拒んでいた。
だからだろう。
「おはようございます、サントラップセプテットのギンさん」
「……おはようございます」
「今日はよろしくお願いしますね」
にこりと笑う表情、声。全てが、ギンを獲物と見据え、虎視眈々と窺っているようであった。
「ふふっ」
狩れる、その瞬間を。
「──ギンさんの髪って、すごくお綺麗ですよね。何かケアとかされているんですか?」
「いえ……特には。ただ月に一、二回ほど、美容院には行っています」
「やっぱりそうですよね! 本当にお綺麗だなと思い、今回オファーさせてもらったんです」
初日は顔合わせと軽い打ち合わせの予定だ。スタジオの中央に設置された机と椅子にそれぞれ主催者側と出演者側に分かれ座り、ギンの隣にはミカ、それを挟み込むような形でマネージャー達が並んでいた。真剣な話し合いの前に、雑談がわりで質問されたことだったが。
「僕だって負けていないでしょう?」
ミカが口を挟んだ。
ギンに話題を振った女性はぱっと頬を色づかせ、も、もちろんです! と半ば叫ぶ。
「ふふ。嬉しいです。やっぱり僕達みたいな人間は着飾って喜ばれますから。常に美意識は高いですよ。ね? ギンさん」
「……はい」
「中でも。WINGINNさんのシャンプーは香りも良くて、仕事が終わった後に使うとほっとするんですよね」
「え! 私達のシャンプーを使ってもらってるんですか!?」
「ええ、もちろんです。だからこそ、僕はこの仕事を引き受けたんです。普段使っているものの宣伝ができるなんて光栄なことですから」
「こっ、こちらとしても光栄です!」
「このコラボ、いいものにしましょうね」
「はい!」
そうしてミカは、誰よりも早く──ギンよりも早く、主催者側であるWINGINNの心を掴んだのだった。
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