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Q15-2

『今回のコンセプトは、変化やギャップ、自分では気付かない自分自身を発見する、というものです。それをミカさんやギンさんを通してお伝えできたら、と思っています』 『つまり、僕達が見てくださる皆さんに普段とは違う表情を見せることで、見てる側も、自分もそういうふうになれるのではないかときっかけを与えるということですか?』 『はい。なので最初はポスターを貼らせていただき、ミカさんとギンさんだということが分からない形で宣伝させてもらいます。徐々にお二人だということを明かしていき、その驚きをお客様に体験していただき、その変化を商品やその効力として宣伝に繋げれば、と』 『素晴らしいですね。それを表現できるよう、こちらも精一杯努めさせていただきます』  そうにこやかに言ったデーフェクトゥスのミカ。  彼は今、眉間に皺を寄せ、ギンを真っ向から睨んでいた。 「ちょっと、どういうつもり?」  挨拶をした時よりも遥かに低い声音で、ミカが言う。 「君、今までどんなことをしてきたの? それでよくここまで生き残れたね」 「……?」 「まさか……分かってない?」  ふん、と鼻を鳴らし、腕を組む。  ……周囲には人の気配すらなかった。所謂、スタジオの裏であって、スタッフでもあまり近寄らない区画である、らしい。  ミカが小声でついてきてと言うに従ったギンだが。  彼は怒りを感じているようだ。  自分の感情を表に出すことが苦手なギンは、反対に他人の感情には敏感でよく気付く方なのである。それと同時に勘もいいので、だんだんと、ミカが何に対して腹を立てているのか、理解ができてきた。 「今日は、WINGINNの案件で、僕達は選んでもらった身だ。デビューした君なら分かるでしょ、この世界には何百と替わりの人間がいて、一つの間違いで消される。だからこそ、僕達は媚を売って、自分の立ち位置を確立する」 「……」 「はぁ。君は、聞かれたことになんて答えた? 髪のケアはしているのか、と聞かれた時。君は、特に何もしていない、月に一度か二度だけ美容院に行くと言った」 「……それが何か悪かったんですか?」 「悪いよ」  断言されるが、ぱっと思いつくことはない。 「ケアについては何も言わないよ、事実を言っただけのこと。けど」  ミカの声が、一段と低く、圧迫感を与えてくる。 「美容院に行くと言ったのは、余計だった。どうしてか分かる? WINGINNは美容院。案件なんだから、他の美容院を示唆するのはご法度だよ、当たり前でしょ? こんなことも教えないと分からないの? それでこの世界、歩けるの? もう辞めたらどう? この仕事」  次から次へと言葉を口にしては畳み掛けてくるミカに、ギンは瞬きを繰り返すしかない。  ようやく彼の話が終わったので少し考え、言われてみればそうだと思い至る。  WINGINNという美容院に依頼されているのに、ギンはミカが言ったように、他の美容院に通っていることを口にしてしまった。直接そうは言っていなくても、相手からしてみれば、顧客情報は頭に入っているだろうし、それが芸能人ともなれば尚更だ。  ギンのあの発言は、下手したら先方に悪印象を抱かせてしまうかもしれない。  そのことを、ミカは親切にも、誰にも聞かれない場所でこっそり教えてくれたのだろうか。 「それともう一つ。僕にその尻拭いをさせるな」 「……」 「吐かなくてもいい嘘をつく羽目になった。WINGINNのシャンプーを買わなきゃいけなくなったし、そのことが広まれば、普段贔屓にしてる店と気まずくなる。……はぁ、本当に憂鬱」  どうしてくれるのだと言わんばかりに睨まれ、ギンは、 「ありがとうございました」 「……は」  礼を言った。 「未熟な俺に、教えてくれてありがとうございました。でも、この仕事を辞めることはできません。みんながあなたとの共演を楽しみにしていたし、この仕事をやり遂げなくては前に進めないので。あなたに不利を(こうむ)ってもらったこと、忘れません」 「は……、ちょっと、勝手に話を進めないでくれる?」 「感謝します」  そんなギンを見て、ミカは鼻の頭に皺を移した。 「君の感情、どうなってるの?」 「……」  言われ慣れていることであった。  故に、気にせず、ギンは立花の元へ戻ろうと、彼に背中を向けた。  しかし、次の瞬間。 「足元、気を付けなね」  ミカの挑発的な声音が、背に張り付いてきたのである。 「あの子がいないなんて、羽を()がれた飛べない鳥も同然なんだから。生きている意味ない。せいぜい長生きできるように足掻けばいいよ」  * * *  翌日から、広告に使われるポスターの撮影が行われた。  地道な挨拶を重ねていくギンの傍らで、ミカは自らの存在を見せつけるかのようにたった一度の挨拶で終わらせる。言葉通り、挨拶を終えるのである。彼の声が大きいこともあるが、誰もが、ミカの言動に気を配っている様子であった。そこには、彼がNo. 1のアイドルであるから、という理由の他に何かがあるようで。 「──いいね〜。最高だよ。背中から滲み出るオーラ! まさにトップアイドル!」 「ふふ……でもダメですよ」 「え?」 「まずは僕という存在を隠さないと。少し、控えめに表現してみます」 「……う、うん! ボクも、(ぼん)(よう)に、けれど見る者の目を引くようなものを撮るよ!」 「はい、お願いします」  先にミカが撮影することになり、順調に進んでいた。ミカとカメラマンの息が合い、シャッターを重ねていくにつれて、【ミカ】という人物が露わになる。  それを間近で見つめながら、ギンは、心に違和感を覚えた。  それは、何か。……よく分からない。  ギンの番がやってきた。長く艶やかな銀色の髪を活かしたいとの先方の考えによって、上半身は裸になり、髪で背中を覆う。モノクロの撮影。だからこそ映える色合い。カメラマンが褒める。いいよ、と。色気が滲み出ている、と。  だが、枚数を重ねていくと。 「う〜ん」  それまで順調にカメラのシャッターを切っていた男の手が止まり、その顔に苦渋が広がった。カメラのレンズが無機質な床に向けられる。 「ギンくん、いいんだけどね、えっと……もうちょっとインパクト……これまでになかった色の爆発が欲しいかな」 「爆発……?」 「うん。最初はギンくんだと分からない状態で、背中を向けた状態で撮影してたじゃない? それはよかったんだけど……」  カメラマンが、傍らに置いていたパソコンの画面を見る。そこには、たった今撮られた写真が表示されているはずだ。 「変化を見せつけたいのに、その変化が見られない」 「……」 「あぁ、傷つけたいんじゃないの! もっと、良いものにしたいんだけど」 「……はい」  今回のカメラマンは優しかった。いつだったか、上手く映ることができなかった時、傷つけることなんかお構いなしに罵声を上げる人もいたのだ。場合によってはそれが良い物を生むことに繋がることもあるだろうけれど。   ──優しくされると、ギンはより戸惑ってしまう。 「(あい)(さか)さん」 「あ、ミカくん! ごめんね、」  撮影を終えたミカが撮影衣装となるワイシャツの上に防寒着を着ながら近づいて来る。 「なんで謝るんですか? 合坂さんの言っていることは間違っていません。休憩するのはどうでしょう? 朝から通しで撮影されていたでしょう? 少し、お茶でも飲みませんか?」 「え……? でも、ミカくん、この後も仕事があるんじゃ?」 「大丈夫です。遅れるようなことを僕はしませんし、彼も、しないでしょう。プロですから。ね? ギンくん」 「……はい」  頷くと、合坂はほっと胸を撫で下ろしていた。  * * * 「自分に何が足りていないか、分からないんでしょ」  人気のないスタジオ裏で座っているギンに声をかけてきたのは、言うまでもなくミカである。 「ミカさん」  呼ぶと、途端に彼は嫌そうな顔をする。よく見慣れた、テレビでよく見る表情であった。 「本当にデーフェクトゥスは仲が悪いんですか」  つい出た疑問に、ミカは即眉根をぐっと中央に寄せた。 「人のことを気にしている場合? 撮影が止まったの、君のせいなんだけど」 「……すみません。どうすればいいのか、分からなくて」 「本当、それでよくやってこれたよね。まぁ、その分、補ってもらっていたんだろうけど」 「……」  撮影が止められた原因は、ギンにある。それは理解できていた。だが、何がいけないのか、自分に何が足りないのかが分からない。どう考えても、──自分が何を表現するべきか、分からないのだ。  その理解不足を理解しながら、ミカは責めてきている。撮影が遅れていることも、彼にフォローさせたことも。 「表現させたいものは、何」 「…………?」 「WINGINN側の真意は? 何を表現しようとしている? コンセプトは? 君は何を見て、何を見ていない?」 「ぇ……」 「早く撮影済ませてよね。個人が終わったら、二人で撮影するんだから。僕に迷惑かけないでくれる?」 「……」  しかし──その日、ギンの撮影にOKが出されることはなかった。とりあえず撮影スケジュールに空きがあるので切り上げ、また翌日から再開されることになったのだ。  それを聞いたミカは愛想良く大丈夫だと口にして次の仕事へと向かって行った。  が、ギンにはよく分かる。彼の苛立ちと、喜びが。  * * * 「今日は、お疲れ様。よく休んで、明日に備えてね」 「はい。お疲れ様です」  午後六時。宿舎に帰ってきたギンは立花と別れ、リビングへの扉を開けた。ミカとの共演に心を躍らせていた仲間達のお出迎えに遭うのかと身構えていたものの、ギンの予想とは違い、家内は静かなものだった。  みんな仕事だったか、といつしか設置された小さなホワイトボードを見遣る。そこには七人の名前と、それぞれ隣に今日の日程が書かれているのである。以前は口頭で予定を伝え合っていたが、仕事が忙しくになるにつれ予定も複雑化し、:(そ)齟:(ご)齬が生まれ、夫婦間のように夕食の有無など争いの火種になることが多くなったのを機に、アンドが用意したのだ。こうしよう、とみんなで決めたのではなく、いつしかそこにアンドの予定が書かれていて、一つ、また一つと書く者が増えたのだった。その自発さをフールが評価していたが、それが仲の良さなのだろうか。つまり、デーフェクトゥスの中では考えられないシステムなのだろう。 「もうすぐ、キュウが帰ってくるのか」  サンセプの公式サイトにあがるラジオの収録で、六時帰宅と硬質な筆跡が目に入る。一番早い帰宅はキュウの予定らしかった。  ひとまず荷物を自室に置いてくることにし、打ち合わせ時に渡された資料を読み込むことに決めた。  それから約二十分ほど経って、玄関扉の開閉音がギンの耳の鼓膜を刺激した。資料から顔を上げ、目の前の扉を見つめる。  やがて曇りガラス越しに人影が見え、かちゃりと音を立ててキュウが現れた。 「──ただいま。ギン一人?」 「おかえり。俺、一人だよ」 「そっか」  それだけ言い、特に予定と違う時間に帰ってきているギンを不思議に思う様子もなく、キュウは椅子に腰を下ろす。 「今日は疲れた」 「……珍しい、ね」  何か会話をしなければ、と独り言のような彼の呟きに声を出す。 「キュウがそんなことを言うなんて」 「ん、僕も疲れるよ」  くすりと笑い、背凭れに腕を置き、こちらを見てくる。 「ギンは? 疲れた?」 「……うん。少し」 「そうだよね」  また笑って、体の向きを直してしまう。  そんな彼に、疑問を抱いた。 「聞かないの?」 「うん?」 「撮影のこと。……ミカさんと共演してどうだったのか」 「う〜ん」  また先程の体勢になり、キュウは表情を柔かに本心を口にした。 「言いたいことがあったら、ギンから言ってくるでしょう? それにまだ話せないこととか、仲間でも守秘義務を課せられることってよくあるから。あまり聞くのもダメかなって」 「……キュウは、あまり興味ない?」 「そんなことないよ」  そこでキュウは立ち上がり、ギンの隣へとやって来る。 「デーフェクトゥスはライバルで、絶対越えなくちゃいけない相手だ。その中でも、ミカさんは見習うべきところもあるような気がする」 「同じ、センターだから?」 「うん。それもある。真似をするわけじゃない、前にも言ったように僕達には僕達だけの強みがあるから。けど、全く参考にならないっていうわけでもないと思うんだ。だから最近は、よくデーフェクトゥスのライブ映像とか見たりしてる、」 「色気」 「うん?」 「キュウは……どうやって色気を出してる?」 「……」  この時の、彼にしては珍しい、ギンの(しん)()を理解できないと言わんばかりの微妙な表情を、ギンは初めて見、彼もやはり人間なのだと思った。

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