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Q15-5
光が瞬く。
翌日。撮影現場に向かうと、ミカは既に来て、準備を整えていた。
「……おはようございます」
「あ、おはようございます。あれ? なんだか疲れてるみたいですね? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
表面だけは穏やかに見えるだろう挨拶を交わし、すれ違うスタッフとギンは自分の声量で挨拶をする。
そして。スタジオの裏で、ミカはギンに本性を現すのである。
「これから撮影するっていうのに隈 を作ってくるって、どういうつもり? また撮影を中断させるつもり? ちょっとは人の迷惑とか考えたらどう?」
「言い訳はしません」
「……は?」
「今日は、ちゃんと仕事をこなして見せます」
「ちょっと、」
引き留めようとするミカを気にせず、ギンは裏から去る。早く準備をするのだ。志葉と吉野と、キュウに教えてもらったことを反映しなければ。
「……──うん。いいね。昨日とは違う」
反映を。
「ちょっと、昨日と少し違っただけで生まれ変わった気になってるわけじゃないよね? 明日からが本番なんだからね」
違う自分を。
* * *
「──今回の曲調って、今までとは少しテイストが違いますよね」
次発表する曲が届いた。
朝起きると、リビングのテーブルにぽつんと茶色の封筒が置かれていたのだ。最初にそれを発見したコアが封もしていないからと無断で中身を検 め、USBメモリと歌詞と思われる文字が並んだ紙と楽譜が入っていたことが分かった。それに騒ぐコアの声にみんなが叩き起こされ、フールなんかは苛つきを隠そうともしなかったが、誰よりも早くメモリをパソコンに差し込んだのは彼であった。なんでも、正体の分からないものをそのままにはできないとの言い分だったが、コアの新曲かもしれないとの言葉に我慢できなくなったのは、ギンにも分かった。
新しい曲が歌えるのは嬉しい。もっと、みんなの道が続いていくという証拠であるから。
パソコンを起動させ、慎重にメモリを差し込んで。データを読み込むまで、七人は固 唾 をのんで待った。果たしてどんな曲が流れてくるのだろう。一秒、二秒……たった数秒が一分のように感じて。
目の前で、ユズがキュウの手を祈るように握っていた。
そして流れ出したメロディー。
ピコン、ピコンと規則正しい機械音。緩いピアノ線がぴんっと張ったような低音が現れ、ストリングスが響いてくる。まるで獣が、一歩一歩足を踏み出しているような、音。一つ、また一つと音が増えていく。七つの音が重なり、イントロが終わると同時に静寂がスピーカーから鳴る。
「……」
七人は息を飲んだ。
ここから曲が持つ世界に引き摺り込まれる──!
「──みっ、みんな!! 最高にいい話をっ……あれ」
「……はぅ」
瞬間、ユズが崩れるようにして床に座り込んだ。その手をキュウは離れないように、握り締め直していて。コアも、ケィも、アンドも、フールも。
ギンも。呆然と、パソコンの画面を眺めていた。
「み、みんな? どうしたの? 何か……あぁっ! もしかして、もう聞いた!?」
「立花さん……」
その中、リーダーのアンドがようやくといったように、声を発する。
「俺達、また一つ、一歩、近付けそうです」
「……! うんっ!」
* * *
「じゃあ、落ち着いたところで、いい話、聞いてくれる?」
立花はそう口火を切り、ギン達に新たな驚きをもたらした。
「今、みんなが聞いた新曲……今回、ギン君がデーフェクトゥスのミカ君と共演するCMのタイアップ曲になりました!」
「えぇ!??」
七人の声が重なる。
「え……」
ギンも、声が出た。
「な、何があったらそんなことになるんですか? 常識的に考えて、デフェがタイアップを取るのでは?」
「おい……。フールの言うことには色々言いたことがあるが、マジでオレも分からん。どうなってんの?」
ケィも困惑している。みんな一様に、立花の言葉を信じ喜ぼうとはしなかった。
そんな困惑も想定済みだと言わんばかりに、立花は不敵な笑みを浮かべる。
「みんなのその顔、僕にとっては、凄く嬉しいです。自分がとんでもないことをしてしまったと、ここにくる途中、恥ずかしいですけど自 惚 れてましたから」
いつになく両の瞳を輝かせ、マネージャーは勝ち取った権利を語る。
「実は今日、CMについての会議がありまして。そこで使用される楽曲も決めてしまおうということになっていたんです。フール君が言っていたように、通常ならデーフェクトゥスの新曲で決まっていたと思います。多分、その方向で調整がされていたと、今でも感じます。でも……僕は、この機を逃してはならないと思って、立ち上がって、熱弁しました。君達の、サントラップセプテットの素晴らしさ、未来の可能性、そして次に魅せる変化──それらは、今回のコンセプトと合っていると。デーフェクトゥスには出せないものを出せる、と言ったんです」
ケィがはは、と笑う。
「啖 呵 切ったのか! オレ、そういうの好きだぜ。立花さんもそういうこと言っちゃう人だったんだ」
「僕も、僕の勢いにはびっくりしたんだよ。でも、このチャンスは逃せないと思って。みんなが頑張ってきた証拠でしょ? トップアイドルのミカさんと共演できて、これからもっとデーフェクトゥスとの共演が増えるんだもの。僕も精一杯頑張らないと!」
「待ってください」
フールが表情をどことなく凍りつかせて言うのである。
「ということはつまり、私達への期待は高まるどころか、エベレストよりも高いのでは?」
「例えが難しすぎるよ、フールくん」
「ええっと、」
アンドが言葉を付け足す。
「フールは、不安、なんだよ。もちろん、俺も。みんなもだと思うけど……。本当はデーフェクトゥスの曲が使用されるはずだったのに、立花さんが頑張って俺達の新曲を使用してもらえるようにしてきてくれた。中にはその決定に不満を抱いている人もいたと思う。同じように俺達に任せるには不安だとか。その中でかけられている期待は予想以上に大きいってことだよ」
「……」
「……」
フールやアンドの言葉で、改めて認識する。デーフェクトゥスを差し置いて主題歌を担当する意味、そこに生じる期待、重圧。
とんでもないことになったと思い知った。
「それよりさ」
だが、次の瞬間。呆然としたままのコアが、音楽を止めたままのパソコンを指差して呟くのだった。
「この曲、す……っごい難しくない?」
「それ、ボクも思った」
「なぁ?! おれは、そのことが不安だ」
「……」
そうして、ギンの課題であった【色気】は、この時を境にグループ全体の課題となる。
* * *
後に、リビングに置いてあったのは立花が持ってきたからであって、みんなに聞かせようとしたもののすぐに別現場へ行かなければならなくなった為に、未発表曲を落としでもしたら大変だと一応置いていったということが分かった。メモ書きしていかなかったことを謝っていた立花だが、それをコアが発見して大騒ぎになった、というのが経緯である。
早速七人はそれぞれ音源を端末に入れ、イヤホンを耳に嵌め込んで、音を体と頭に刻み込む作業に取り掛かった。繰り返しメロディーを聞き、覚え、歌詞を目で追っていく。慣れれば口ずさみ、曲の雰囲気を掴んでいくのだ。それから作詞家が込めた思いや、歌の意味を考える。ここはこうした方がいい、ああした方がいいと、メモしていく。
ギンはそうやって新しい曲を、自分の中に落とし込んでいくのである。それから自分の技術を乗せ、磨く。足りないところは付加して、やり過ぎないよう、完璧に近付けていく。みんなに劣らないよう、気をつけるのだ。
そうしていくと、自ずとダンスレッスンが始まる。曲を覚えたら今度は振り付け。振付師が踊る様を一度見て流れを捉え、細かい指導がされていく。
今回の曲は、サンセプにとって今までにない曲調だった。メリハリのある曲で、一言で言えば色気の漂うものだ。ユズ曰く、エロい曲、らしい。
だが、ユズがそう思うのも無理なかった。振付師が考えた振りも、手を自身に這わせ、腰を振ったりとそれまで以上に官能的であった。加えて、メンバー同士の絡みもあり、より立ち位置や交差する箇所、移動の仕方などフォーメーションが複雑化している。
そして──。
「今回の振りで最も重要なのが、ここです。君達にとっても大事な魅せ場」
サビの終わり。ギン達は揃って床に両手をつき、足の指でめいっぱいに床を掴むようにして膝は浮かせ、腰を滑らかな線を描くことを意識して突き入れる。獣のように。獰猛さを、だが、美しさを。淫靡で、けれど下品さを出さず、色気を出す。
「はぁ……っ」
ひとまず休憩だと振付師が練習室を出て行って、刹那、みんなが床に座り込んだ。キュウも例外なく苦しそうに息を吐いて、横になってしまう。
「四つん這いがこんなにも辛いなんて」
と、呟く。
「こだわりがつえぇよ……」
「ぼ、ボク、腰が痛い」
「俺も、やっちゃいそうで怖いよ」
「やめてくださいよ? それだけは」
なかなか最後の振りだけが、綺麗に揃わず、また振付師の納得いくものになっていなかった。何度もやり直し、アドバイスをもらって踊るものの、ぎくしゃくと嵌まらない感覚。これでは歌うこともままならないだろう。できない故の焦りも生まれないほど、獣ポーズに悩まされていた。
自然と言葉数も減り、互いの呼吸音だけが聞こえるようになって数秒。コアがにこっと笑って言った。
「でもおれ、楽しい」
キュウと同じように寝転がっていたコアだが、幸せそうに手を伸ばす。
「みんなと一緒にいることが楽しい、こうして一緒に悩むのも楽しい。すごく好きだ。みんなもそうじゃない?」
その言葉に、こたえるようにそれぞれ笑う。
疲れていても、コアはみんなを笑顔にする人間だ。
ギンにはそれができないから、たまに羨ましく思う。ここにいる全員のことを、羨ましく思う。
笑うこと、驚くこと、泣くこと、怒ること。彼らはそれらの感情表現を豊かに人生を送っている。嫌なことがあれば嫌であったと口にし、嬉しいことがあればそれを共有する。おめでとうやありがとうを言う。
ぽつ、ぽつ。何かが胸に灯る。
「俺……」
「ん、ギン?」
口を開き声を出すと、彼らは驚いたようにしてこちらを見た。こういう時、ギンから進んで言葉を発することは少ないからだ。無口そうに見えて無口ではないのは聞かれれば答えるからで、喋ることが好きなわけではない。
フールなんかは心配そうに見つめるから、おかしく思ってしまった。彼の心配性は病気のようだ。
「俺、ずっと、悩んでた。色気について」
「色気?」
ユズが首を傾げる。
すると、キュウとコアが体を起こした。真剣な話だと悟って、気を遣ってくれたのか。せっかくの休憩時間なのに申し訳ないと思いつつ、続きを口にする。
「俺に変化が必要で、考えられるのは、色気を出すことだった。キュウに協力してもらって」
「ギン」
「うん、分かってる」
「……?」
今のやり取りに含まれていた意味を、フール達は理解できなかっただろう。──ケィに、吉野驎と会ったことは内緒なのだ。
「ヒントを得て……キュウは恥ずかしいから言うなって言ってたけど。もう、俺だけの悩みじゃなくなった、から。教えてもらったこと、共有したいと思う」
「それは……私達にとっては凄く嬉しいことですが」
一番近くでキュウとギンのやり取りを見ていたフールが若干の戸惑いを見せる。何か二人に事情があることを、勘のいい彼は察知しかけているのだろう。
しかし、キュウとの約束は隠し通さなくてはならない。それは絶対だ。故に、“何かある”ということも悟られてはいけないのである。
「いいんだ。よくこう言うでしょ。誰かから教わったことは、自分がまた誰かに教えることによって、受け継がれていくんだ、って」
その言葉に、誰よりも早く、アンドが反応をした。
「あ、それ志葉さんが言ってた。ギンが言ったことまんま、俺に教えてくれたよ」
──偶然だろうか。
ギンは微笑み、頷いた。
「うん。だから、教える。俺が得たもの。共有して、全員のものにしたい、と思う。キュウ、いいよね?」
「ギンがいいなら、僕が言うことはなにもない」
穏やかな表情でそう言われ、ギンは覚えていることをそのまま口に出す決心をした。
「まず、色気は品の良さと考える。演じるんだって。初めてそれを見る人はそれをその人だと思うし、前から知ってる人は、新しい面を見れたって喜ぶから落胆されることはないって。自分が誰かの新しい一面を見た時、落胆はしないでしょ、って」
上手く言えているだろうか。志葉が言ってくれたことを、みんなにきちんと伝えられているだろうか。
思いながら、懸命に言葉を紡ぐ。
──一人ではない。その思いがなんとなくだが理解できて、ギンの心は温かさをもっていくのだ。
「後は、色気を直球でエロさだと考える。もっと自分に素直になるんだって。自分をひけらかす。普段隠している自分をカメラの前で見せる。その先に誰を思い浮かべるか、想像する。誰にそのエロさを見てもらいたいのか? 想像は、表現者にとって、劇薬になる、って」
ギンはケィを見た、見てしまった。気付かれただろうか? ケィは思案顔で、床に視線を置いていて合うことはなかったけれど。
「色気をどう思うのか。演じるのか、隠している自分を表すのか。俺が教えてもらったのは、その二つの方法だよ」
「エロさって言ったら、キュウだよな」
そんな呟きが、俯いているケィの口から吐き出された。
ギンがえ、と思うと同時にキュウがばっと顔をケィの方へと向ける。
「いきなりなに!」
「あ……? いや、だってオマエ、」
「言わなくていい!」
ふるふる、というよりぶるぶると首を振って、キュウは拒む。
その様子に、フールが眉根を寄せた。
「何かあったんですか?」
「キュウくんがエロいのは前から知ってたけど、ケィくんがそんなこと言うの珍しいよね」
「え。あ……」
ケィも何かを思ったのか、視線を泳がし、ふっと笑った。だが何も言わない。
「なにそれ!!」
ユズが憤 慨 する。
「二人だけの秘密みたいで嫌なんだけど!」
「悪い悪い、これはオレとキュウの秘密だったわ」
「ぇ……え、う……うわあああああっ、破廉恥!」
「あははは、ユズはまだ子供だからな? 分からないこともあるよな?」
「それでマウント取ってるつもり!? うざいからっ」
「ケィ」
涙目になっているユズに、珍しく煽るケィ。それを咎めるキュウ。
アンドとフールはそれを呆れたように見ていて、コアは何が起きているのか分かっていないようだった。
一歩、外にいるギンだからこそ、分かることがある。
「みんなの仲、これまでで一番良くなってる」
だから、頑張りたい。こうして進んでいっているところを、自分のせいで止めたくはない。
* * *
「──ということで、使用する曲はサントラップセプテットの“wolf ”です。まだ音源は完成していないので、デモを流してCMを撮っていきます。ミカさん、問題ないですか?」
「──ええ。もちろん。曲がなくても大丈夫ですが、デモでもこちらとしては有難いですよ。素敵なものを作りましょう!」
「よろしくお願いします」
ギンも頭を下げる。
ポスターの撮影が終わり、CM撮影の日がやって来た。肝心の変化を見せる場面だ。銀髪の調子もこの日に合わせるよう、毎晩のケアは欠かさなかった。その甲斐あって、見た目も指感触 も完璧である。髪に関しては、ミカも何も文句は言えないだろう。
そういう彼もコンディションは当然のように良いのが見ただけで分かって、自信に満ち満ちている。
今日はミカに存在力で負けるわけにはいかない。ギンの表情もいつもより真剣なものになり、壁に貼ってある今日の予定を睨むようにして何度も確認した。
「おはよう、ギンくん」
「……おはようございます」
ミカだ。スタジオ裏ではないのに声をかけてきた彼はにこやかな笑顔のまま、周りに聞こえないほどの小声で威圧してくる。
「僕達から曲を奪っておいて、まだ音源ができていないなんてね」
「……」
数時間前──。
『なぁ、ギン』
『? コア。どうした?』
『ギンさ、大丈夫か? 意地悪されたりしてないか? 聞いた話だけど、デフェのミカって、裏ではちょっと意地悪なんだって』
『誰がそんなことを?』
『あ……あー、誰、というか……』
『?』
『と、とにかく! 嫌なことされたら言うんだぞ! おれ達は仲間だからなっ、家族でもあるし。へへ』
気恥ずかしそうに笑って、コアは鼻の下を掻く。
『だからな、ギン。いいことを教えてやる! ギンは真面目で、優しいから。何言われても、うんうんって聞いてると思うんだけど……』
「でも」
「何」
「ミカさん、プロだから。俺よりも経験あるから、こういうことにも慣れてますよね?」
「……」
「俺は初めてだから……けど、頑張ります。音源は今レコーディング中で、それだけは申し訳ないと思ってますけど、最高のものをお届けしますので、楽しみに待っててください」
『って、こんなふうに言えば、今までギンは黙って聞いてたのになんで!? ってミカを驚かせられるかもしれないぞ! ギンは変われる、って!』
ミカの表情が、見てとれるほど、変わったのが分かった。
コアの言う通り、ミカは言い返されると思っていなかったようで。一瞬、目を見開き、我に返ったように険しい顔をした。
「頑張るのは当然のことでしょ。今日も撮影を止めたら許さないから。僕の貴重な時間を割いてるってこと、忘れないでよね」
そう言って、ギンの元から去っていった。
「……」
自分の変化に驚く。ミカからどことなく思い通りにいかなかったというような悔しい気持ちが伝わってきて、思わず笑ってしまいそうになったのだ。清々しい感じがして、今なら変われるのではないかと思う。無口で無表情、銀の髪に囚われている自分から──何かへと変われる、そんな気が。
「──それでは! 今、大注目のCM主題歌、サントラップセプテットでwolfです」
暗がりのステージ。そこに七人の獣が、牙を剥くその瞬間を今かいまかと待っている。曲が始まるまでの数秒。イヤモニからカウントが流れ出す一瞬。
生放送であるとか、初めて披露するだとか。配置につくまではそれらで一杯だった頭の中が、刹那、クリーンになる。
音、光、振動。仲間の息を吸う気配。重ねた練習通り、七人は動き始める。
低音が響く。曲の雰囲気に、自らが飲まれていく。進んで、カメラの先にいる観客を誘う。こちらの世界へ。
ケィが一言、始まりの歌詞を歌う。色っぽく、誰かを殺しにいく。続いてアンドとフールが、その奥でギンはコアと踊る。その間からユズが飛び出してきて、甘い香りを添える。それから、センター、キュウの出番。赤く色付いた唇が蠱惑に濡れ、肌けた衣装の隙間から見せつけられる首筋。細い腰が波打って──……。
「これ、十八禁じゃない……?」
テレビの画面を凝視していたユズが、ようやくといったふうにぽつり。
それをきっかけに、固唾を飲んでいた仲間の硬直が一気に解けた。
「これは……やりすぎのような気もします。よく放送されましたよね」
「俺達、こんなことをしてたのか……」
まずいな、と呟くアンド。
「未成年がいるグループとして、これは許されるんでしょうか?」
「え! おれが、いるからダメなの?」
「ボクも未成年なんだけど……」
「お、おぉう、ユズもな」
「動揺してんじゃねぇか」
未成年二人学生組の狼狽え具合に、ケィが突っ込みを入れた後で溜息を吐いた。
「ま、これは想像以上だわな」
「みんなしてなに言って……?」
五人の様子に、会話の中心にいるキュウは困惑を隠せないらしい。
だが、彼らの意見は最もで、事実である。から、ギンも続いた。
「キュウは品が良いんだ」
「え」
「あと、エロい」
「ギン……!?」
「キュウの良いところちゃんと出てるよ」
「……」
「キュウの新しい一面、この曲で見えた」
「……!」
その瞬間。
「あっ、キュウくんの顔赤くなった!」
ユズの言葉通り、神様に愛される美しい男はいつになく頬を紅潮させ、ぅぅ、と言葉にならない音を漏らしていた。
「なんだよ、恥ずかしがってんの?」
ははっ、とケィが笑う。
それに対し、キュウは消え入りそうな声で言うのだった。
「僕は、えろくない」
「…………ふふ」
ギンは、笑ってしまった──笑えた。
この瞬間がずっと続けばいいと、願った。たとえ、それが許されないことだとしても。……これから消える運命だとしても。
キュウが、仲間が、大切だと思う。大切なのだ、大事だ。彼らの心、声、手、笑顔、その全て。
──熱く灯った心臓が、ギンを動かす。
けれど。破滅はすぐそこまで来ていた。忍び寄って、背後から、ギンを抱くのである。
『──ギン……?!』
『!!』
銀の髪が、枷 のように、手首に巻きついていた。
* * *
ミカとの初共演から約一ヶ月後。
以前から各所に貼られ、話題を攫っていた、美容院WINGINのポスター。白黒で被写体を背後から写しただけのそれは、一体誰なのかとみんなが予想を立てる中。
四箇所の大型街頭ビジョンにて、CMが放送された。
「──あれ? これ……」
偶然通りかかった通行人が頭上を見上げる。決して新しい曲調ではない、メロディー。だが、見なくてはいけないような気にさせる刺激的な音。
「え」
「ミカくんじゃないっ?」
映像に色が付いていく。デーフェクトゥスのミカが振り返る。挑発的な眼差しに不敵な笑みを浮かべ、綺麗な髪を靡かせる。
「あのポスターミカくんだったんだ!」
「じゃあ、もう一人は……?」
画面が映り変わる。長い髪の人物が背を向けている、それからこちらに顔を向けて──。
「え、女の人……?」
そう思わず呟いてしまうほど、艶やかな容貌が浮き上がる。水面に絵の具を垂らしたような波紋を描き、色付く。唇は赤く染まり、靡いていた髪が編み込まれ一つに結われている。強くアイラインが引かれ、意志の強靭さを窺わせる。
「違う、あれ……っ、サンセプのギンだ!!」
「え!! ……かっこいい……女の人、みたい」
二人が映る。美容院の広告らしく髪に注目が集まるような構図だったが、ギンの変化は衆目を集めた。
それから一瞬。全く違うイメージの映像。花が敷き詰められた場所に二人は立ち、花びらが舞う中、目を合わせて笑っているのだ。
そして誘う声が地上に降り注ぐ。
《──貴方も、知らない自分を見つけませんか? ──》
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