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Q16-2

「以後お見知り置きを」  そう言って恭しく頭を下げて見せる能津湖に、コアは妙な居心地の悪さを感じた。彼と二人きりでいるのがとてつもなく怖いことのように思ったのだ。早く楽屋に戻りたい。そしてフールかアンドに彼の対応を任せよう。  そう考えて、片足を後退させるコアだったが、能津湖はそんな内心を見透かしたように先手を打ってきた。 「サントラップセプテットのコアくん」 「……なんですか」 「いやあ、素晴らしいね」  にこにこと、能津湖はまるで悪意はないとでも言うように笑い続ける。 「昨年デビューして、もうアイドル界の頂点にいるデーフェクトゥスと初共演を果たした。CDセールスも順調だし、記録を打ち立てているよね。素晴らしいと思ってるんだ。仲間内でももっぱらな噂だよ。デーフェクトゥスは落ちぶれた、これからはサンセプの時代だ、って。ね」 「……デーフェクトゥスも超人気だぞ、おっさん、知らないの」 「あっはっはっ! コアはくんは性格まで素晴らしいらしいね、実に謙虚! いいことだよ。この世界では控えめな方が返って珍しく、奇特だ」 「? よくわかんないけど、もういいですか? おれ、戻らないと──」 「これからもっと飛躍したいとは思わないかい?」  怖い。そう思って強引にも話を終わらせようとしたコアに対し、男は口調を改めて問いかけてきた。 「ぇ……?」  コアは振り返ってしまう。  ──人のいい顔をした能津湖は、コアに手のひらサイズの名刺のようなものを差し出してくる。 「仲間の為に、もっと自分を磨きたいとは思わないかい? 私は、そんな若者を支援する活動をしているんだ。普段はしがない記者だが、記者らしくある程度の人脈はあるつもりでね。前々からサンセプの勢いと人気には驚いていて、是非ともこれからのお手伝いをさせてほしいと。だからコアくんにこうして会えて、よかったよ」 「手伝い……? こういうのは、事務所を通してもらわないと……」 「なにも仕事をしてもらおうというんじゃないよ。ほら、女性だったらもっと素敵になる為にジムやサロンに行って自分磨きをするだろう? それと同じで、私の人脈を屈指して、新たな人脈を作ろうという機会なんだ。普段は会えないような人達と、ここなら会えるというのが売りでね。コアくん、前にラジオであの人に会いたいって言ってたでしょ」 「……(さえ)()さん?」 「そう! 冴木(よし)()!」 「でも、もう芸能界にはいないって」 「だからこそ私の出番だよ! 冴木くんとは知り合いでさ。日が合えば憧れの冴木美乃に会えるよ」 「本当、ですか?」 「うん。よし、話は決まったね。空いてる日あったらここに電話してよ。こっちで色々調節するからさ。よろしく」  冴木美乃。生で見たことがあるのは、たった一度だけ。撮影する日と場所が重なり、冴木の撮影が遅れていたこともあって、見学することができたのだ。  すごいと思った。他の言葉では表せない、圧倒的な雰囲気、容貌、技術。冴木美乃の全てがすごかった。憧れた。  人を一瞬で虜にする彼。見る人を笑顔にする空気。見習いたいと思った。ケィはあまり好きそうではなかったが、キュウが彼に視線を送っていたことが、何よりも拍車をかけてコアに冴木美乃に夢中になるきっかけをくれた。  しかし、月日というものは無情で、冴木美乃はぱったりとその姿を見せなくなってしまったのだ。コアがショックだったのだから、彼のファンはもっと悲しかったであろう。何のコメントも発表されず、突如として事務所の所属モデルの欄から消えてしまったのだ。そのことで世間は騒ぎ立てたが、徐々に人々から忘れ去られ、まるでそれが目的だったかのように、今では冴木美乃に変わる次世代モデルという肩書きを背負ったモデルが活躍している状態である。  キュウも、冴木美乃がいなくなってしまったことを悲しく思っただろう。あの一度だけ彼を生で見た日に、キュウは話しかけていた。何を話していたのかまでは分からなかったが、二人とも笑顔で、何よりも冴木美乃が嬉しそうにしていた。それを見て、キュウはモテるのだと実感したぐらいだ。  そんなところへ能津湖の話である。自分の憧れでもあり、キュウの好きな人である──というと語弊があるものの──冴木美乃に会える。そう言われたら、コアの警戒心は少しだけだが緩んだ。 「あっ。フール!」  能津湖と別れ、楽屋に急ぐとちょうどフールが室内から出てくるところであった。  コアの呼びかけに気付いたフールは眼鏡をかけ、とっくに衣装を脱ぎ私服になり、帰り支度を終えていた。 「どこに行っていたんですか? 立花さんに楽屋待機だって言われていたでしょう?」 「ごめん!」 「全く……。キュウとケィもいないんですよ。どこにいるか分かりますか?」 「えっと、キュウとケィは一緒にいるよ」 「そうですか。キュウが一緒なら大丈夫ですかね」 「フールはキュウを信用してるんだ」 「当たり前でしょう? やんちゃな貴方達をキュウは上手く操作していますからね。私達も頼っている部分がありますから」 「へぇ」 「へぇ、って……他人事ですね」 「あ、うん」 「コア」 「あのさ、フール。さっき──」  ちゃんとしているフールである。一応、能津湖のことを相談しておこうと思ったのだが、その前に楽屋から立花が出てきた。 「あ、よかった。コア君戻ってきたんだね」 「立花さん! ごめん、ちょっと用事があって」 「うん。戻ってきてくれたから大丈夫だよ」 「すみません、あとはキュウとケィなのでそろそろ帰ってくると思うんですが……」  と、キュウとケィも戻ってくるのが見えた。 「うん、タイミングばっちり。あっという間にどこか行っちゃうから心配したけど、同じグループだと戻ってくるのも同じって少し面白いよね」  くすくすと立花は笑って、コアに早く着替えるよう言ってきた。  それに頷き返しながら、キュウの左足を盗み見る。捻ってしまった足はしっかりと地を踏みしめていて、見るだけでは一切怪我をしていることなど悟られないだろう。そもそも引き摺っていたわけでないので、気付いているのはコアとケィだけだろうけれど。  二人を迎えたフールは普通に話しかけ、何をしていたのかと問うてるだけである。  その声を後ろに楽屋へ入ったコアは、ふっと湧いた優越感に、もっともっと彼のことを知れたらいいのにと思ったのだった。  * * * 《はい、ということで今回ももう! お時間が来てしまいました! みんな! 今日も楽しかった? よかったと思ったらじゃんじゃんお便り送ってくれよな! 待ってる!》 「──コアさん、お疲れ様です」 「お疲れ様です!」 「今日もとても良かったです! ワンちゃんのエピソードが秀逸でしたね」 「ありがとうございますっ! あれは、ここで話す為のものだって、メンバーにも内緒にしてたんです」 「そうなんですか? こっちでもずっと笑いが絶えなかったですよ」 「喜んでもらえたならよかったです、また、お願いします!」 「はい、また!」  サンセプのメンバーが週替わりで担当するウェブラジオでのトークが評判なこともあり、放送作家からの口添えもあって、コアは単独でラジオを受け持っていた。その収録が終わり、いつものように次のスケジュールを確認して。 「次は、キュウと合流か。やった」 「──コアくん」  一人でラジオ局を出ようとすると、誰かに呼び止められた。 「あ」  振り返って思い出す。 「やあ、偶然だね」 「のずこ、さん」 「はは。呼び辛い名前だろ?」 「いや……」  いつか出会った週間雑誌記者がにこやかな笑みを浮かべて片手を挙げていた。確かめるが、周りには運悪く誰もいない。 「いやー、最近は前よりも忙しいみたいだね。色んなところで君の名前を聞くよ」 「おれ、というよりサンセプの名前ですよ」 「あぁ、そうね。コアくんは本当仲間思いだねぇ」 「なにか、用ですか? これからまだ仕事があって」 「あぁ、ううん。別に用事ってわけじゃないんだ。君を見かけたから声をかけようと思ってね」 「そうですか。じゃあ、さようなら」 「あぁっちょっと待って!」  そそくさと離れようと思ったのも束の間、能津湖が重ねて呼び止めてくる。 「ここで会ったのも縁だから、一つだけ伝えておくよ。()(づか)さんが君のことえらく気に入っていて、一度会いたいと言っていたよ」  知らぬ名前が出てきて、コアは首を傾げる。 「江塚、さん? 誰ですか?」 「おや、知らないかい? 俳優業界では結構な人気者だよ。今期も二本のドラマに出るらしいし」 「女の人?」 「いや、男だよ。あ、ちょっとがっかりした?」 「いえ! 安心しました! スキャンダルは避けたい、ので」 「あははは! 素直だね、コアくん。確かに、今はスキャンダル避けたいよね。私みたいなのはそのスキャンダルでご飯を食べているんだけど」  後半は独り言のように呟き、困ったように頭を掻きながら言葉を続けた。 「じゃあ、少し難しいかな? 江塚さんにコアくんを紹介できるって言っちゃったんだよ。もちろん、君が嫌だと言うなら角が立たないように断ることも難しいことじゃないんだけど」 「どうしておれに会いたいんですか?」 「そりゃあ、君と仲良くなりたいんだろうね。友達になりたいんだよ」 「友達」 「そう。ほら、この業界は人脈がものを言うじゃない? 何かに欠員が出たら知り合いの方が声をかけやすいってさ。よく聞かない?」 「はぁ。そうなんですかね」 「そうだよ。だから是非江塚さんに会ってほしいと思うんだ」 「会う……」 「うん。いいかな?」 「いや……スケジュールとか知らないし」 「こっちが君に合わせるからさ」 「はぁ……」 「ね。江塚さんも喜ぶよ」 「……」  次の休日。本当は同じく休みのキュウと共に出かけたかったのだが。強引な能津湖の連絡──何故かコアの携帯番号を知っていた──に屈してしまい、コアに会いたいと言っているらしい俳優の江塚と会うことになっていた。 「あれ、コア、出かけるの?」  その意思は決まっていたはずなのに、()(ざと)くコアの外出を見つけたキュウが近寄ってきて問いかけてきたからコアは思いっきり情けない顔をしてしまう。 「本当はキュウと出かけたかった」 「うん?」 「でも、おれと会いたいって言う人がいるんだ。今日、その人と会う約束してる」 「そうなんだ。行ってらっしゃい」  柔らかく微笑んで見送ってくる休日のキュウ。彼の左足は既に赤みもなく、彼自身は飛び跳ねたりして治っているようだった。 「コア?」 「……ううん、なんでもない。行ってきます」  せっかく自分と会いたいと思ってくれているのだ。気が進まないが、行くのもまた、能津湖が言っていたように自分自身の為なのだろう。  * * *  用意された邂逅の場は、歩道に面したおしゃれな店であった。看板やテーブルと椅子の脚に植物の蔦が絡み、至る所に観葉植物が置かれていて、緑がいっぱいな店内である。女性客が多いらしく、平日の午前中であるのに空席は少ない。男が一人で踏み込むには少々ハードルが高い店だが、コアは早く終わらせたくて、店内を見渡す。能津湖の言いつけで、サンセプのコアだと言うことはバレないよう変装している。大きめの伊達眼鏡に、街中では人目を引いてしまうだろう髪色を隠す為のキャップを被り、服装も地味なものを選んできた。江塚も変装しているとのことだったが。 「──もしかして待ち合わせですか?」  きょろきょろと辺りを見渡すコアに気付いた店員が寄ってくる。 「あ、はい」  コアだとバレないかどぎまぎしながら低い声を出せば、女性店員は自然な笑顔で手のひらを上に向け、テラス席の方へと振った。 「あちらでお連れ様がお待ちです」 「え? なんで分かるの?」 「このような格好をされた方がいらっしゃったら、案内するよう頼まれましたので。どうぞ」  よほどの自信があるのだろうか。迷いない案内をする店員に戸惑いつつ、コアはテラス席へと足を向けた。  店内から外へ。涼やかな風が吹き、コアのキャップからはみ出た髪を撫ぜていく。 「──やあ、こっちだよ」  そんな爽やかな風を想起させるような声音が、コアの注意を引いた。  見ると、マスクをした年若い男がコアに向かって手を振っている。  彼が江塚なのだろうか。  店員の目もあるので名前は呼ばずに、彼の座っている正面へ腰を下ろした。 「まずは飲み物でも頼んで落ち着こう。何にする?」  親しげに言われ、手元に置かれていたメニュー表に視線を落とし、最初に目についたものを頼むことにした。 「オレンジジュース、ください」 「じゃあ、僕はカプチーノ」 「かしこまりました」  店員が頭を下げて去っていく。  それを見送ると、テラス席にはコアと江塚と思われる男以外に誰もいなくなった。人払いがされているのかと思うほど店内の空気とは一変している周囲に、コアは落ち着かない気分になる。この場を設けた能津湖を恨みそうだ。そもそも能津湖と再会するまで、彼と会ったことなど全く忘れていたのだ。名刺も貰ったが、連絡をする気など毛頭なかった。あの場限りの交流だったはずなのに……。 「今日はありがとう、来てくれて嬉しいよ。こんなふうに呼び出してしまってすまない」 「……あんたが、江塚さん?」 「ああ。自己紹介がまだだったね。僕は江塚(すぐる)。一応、俳優やってます」  言って、江塚と名乗った彼はマスクを摘んで素顔をコアだけに見せた。  確かに見たことのある顔であった。 「あんた、アンドとドラマに出てた」 「あ、思い出してくれた?」 「うん……あ、はい」 「喋りやすいように話してくれて構わないよ」 「はい」 「君に会えて嬉しい。能津湖さんから聞いてるかな?」 「あんた……江塚さんがおれに会いたいって……」 「うん」 「どうしてですか? おれじゃなくて、キュウとか、フールとか、いるのに」  どうして江塚はコアと会いたいと言ったのだろう。その理由が、どれだけ考えても思いつかないのだ。 「俺は、毎日新しい刺激を求めてる。見てごらん」  マスクを付け直した江塚は、歩道の方へと目を向ける。 「周りはいつだって未知だよ。今隣にいる人がどういう人なのか、声をかけなきゃ分からない。見た目だけじゃ、本当の部分って分からないと思ってる。だから君に直接会って話がしたくなった」 「ぅ……どういう、ことですか」 「言ったろ? 俺は新しい刺激を日々探してるんだ。新しいことが好き。それは演技だけではなく、同じ俳優仲間だけに注目するわけじゃない。芸能界全体に興味がある。だって知らないことばかりだ。現に君は、俺に興味を持たれてるって聞くまで知らなかった」 「はぁ……」 「今までアイドル業界は、デーフェクトゥスの独壇場だっただろ? デーフェクトゥスこそ至高のアイドル、彼らの足元に及ぶものは誰もいない。……ところが。君が現れた」 「おれ……?」 「サントラップセプテット。いつだって新しいグループは出来上がる。きっと、デーフェクトゥスみたいになろうとしているんだね。けれど、オリジナルを超えることはできない。新しくなければ、オリジナルにはオリジナルで勝負をするんだ。君達は確立したオリジナル性を持ち、着実にデーフェクトゥスに追いつきつつある……俺はそう思っているんだ。だから会いたかった」 「……」  そう言う江塚の言葉に、嘘はないようであった。語る彼の表情は、マスク越しだが、疑う余地を抱かせなかったのである。  しかし、コアにはどうしても引っかかる部分があった。 「キュウ、じゃないんですか?」 「え?」 「どうしておれ……? 普通は、みんな、キュウと会いたいって言う……と思います。今まで、そうだったから……」  いつも、求められるのはキュウだ。同じ事務所の先輩や後輩、違う所に所属していても、サンセプの中ではキュウに会いたいとみんなは言う。言うなれば、マネージャーの立花や社長だってキュウを特別扱いをしている。事務所の練習室を好きなように、好きな時に使っているキュウを何度も見た。 「なるほど。少し不満を持っているのかな?」 「っそうじゃない! 違う、それだけは……っ、キュウはおれを助けてくれた、家族だって言ってくれたんだ。不満なんてない。ただ、江塚さんが会いたいって思う理由がわからない」  すると、江塚はふぅと息を吐いたようだった。 「言葉が足りなかったみたいだね、君を無駄に怯えさせてしまったようだ。けど、こうでもしないと接点がないのは、君も知っているだろう? 芸能界は広いようで狭い。いつも同じ顔触れ、新しいことってなかなか生まれないものだよ。嫌な思いをさせてしまったなら謝るよ」  心の底から思っているのか、江塚は肩を竦めつつ、眉尻を下げている。 「確かに、君の言う通り、キュウ君は魅力的な子だよ。それこそ全人類に好かれる勢いを持っている。けれど、それと同じように、君を見てくれる人もいるってこと。俺は、君のファンなんだ。……うん。こう言った方がしっくりくる」  頷き、目を細める。 「ファンだから、仲良くなりたいんだ。普通のファンならこれは叶わないことだけど、芸能人の特権だよねっ」  ぱち、っとウィンクを飛ばして、江塚は近寄ってきた店員の気配を悟り、飲み物を運んできた彼女に極上の笑顔を向けていた。  その日は、注文したオレンジジュースを飲みながら、話しただけで別れた。それだけでもコアと話せたことが嬉しかったとばかりに江塚は満足そうに帰っていった。交換したアドレスからメールが送られてきたのは、その夜のことであり、ますますコアは江塚の言葉が真実なのだと信じた。  ──コアに会いたい。  そう思ってくれた江塚に、最初は強かった警戒心も徐々にだが緩んでいったのである。  そうなると、事態の進展は早く、一週間もしないうちに次に会う約束を取り付けられた。以前と違うのは、コアに江塚と会う憂鬱さがなかったことだ。  一日と欠かさず彼からメールが届き、内容は当たり障りないが、さらりとサンセプの活動に対する感想が書かれていて。コアのことのみならず、サンセプ全員のことを長文で語っていた為に、本当に一ファンなのだと思えた。 「俳優業界にも、サンセプのファンは結構多いんだよ」 「へぇ」  江塚が贔屓にしているという店は明るく、家族連れも多い小綺麗なところだった。交通量の多い大通りに面しながらもその忙しなさを感じさせない雰囲気と、バーとレストランが合わさったような独特の空気に親しみやすさを感じ、コアは落ち着いてカウンターに江塚と並んでいた。  今日の江塚は特に顔を隠しているふうではない。テレビで見慣れている江塚優そのものであり、また不思議なことに、店内にいる客は彼を見ても無駄に騒ぎ立てたりしなかった。 「歌もダンスもデーフェクトゥスに引けを取らないし、この前の新曲もとても良かったよ。俺、限定盤と通常盤どっちも買っちゃった」 「ははっ、本当にファンだ」 「前にも言っただろう? 俺は本当に君達のファンなんだよ。公私混同して君と仲良くさせてもらっているけれど、こうしていることが夢みたいに思うぐらい」  小さなグラスを傾け、微笑む。 「心から応援している。難しい世界だけど、お互い長く生き残れるといいね」 「は……はい!」  * * * 「能津湖、さん」 「──お! 君から声をかけてくるなんて珍しい!」  いつものように見窄らしい格好に、それとは正反対の高級カメラを片手に大きな鞄を弄っていた男は、コアを見るなり目を見開いて、その驚きを表現していた。 「どうしたの?」 「いや……」  声をかけたのはいいものの、続ける言葉を用意していなかったコアは話の種を探りつつ、口を開く。 「江塚さんと、仲良くなりました。紹介してくれて、感謝、してます」 「……ほぅ」 「?」 「あ、やーやーごめんね! まさかそんなこと言われると思ってなかったから! いいんだよ、私は江塚さんから頼まれただけだし、君にお礼を言われるなんて。まったく驚いた!」  あはははっ、と豪快に笑い、鞄を背負い直す能津湖は人の良さそうな笑みを浮かべ、コアの肩を叩いた。 「人と人を繋げるのはこんなにも気持ちのいいものなんだなぁ」 「……ははっ」  * * * 「──コア、最近楽しそうですね」 「え?」  生放送の歌番組開始前。大きな鏡の前に座り、髪を整えてもらっていたコアは、隣からかけられた言葉に首を傾げた。 「そう見える?」 「ええ。嬉しそうでもあります」 「へへっ」 「何かあったんですか?」  フールは鏡越しにコアをじっと見つめてくる。 「もしかして、ですが」 「え」 「まさか、コア。女性と付き合っているなんてこと、ありませんよね?」  疑いの眼差しを向けられ、コアはうぐっと声にならない呻き声を上げてしまった。  瞬間、フールの瞳が氷よりも冷たく、針よりも鋭くなる。 「ちがう、違う! 付き合ってるとかない、ないよ!」 「……本当ですか?」  完全に疑っているらしいフールが横目に引いている。 「本当だって! おれは女の人と付き合ってなんかない! そんなことしない! フールに誓う!」 「……では、何故そんなにも嬉しそうににやけているんですか」 「にやけてる?」 「ええ。実に楽しそうに。思わず恋人ができたのかと思うほどにね」 「フールの中では誰かが喜んでたり楽しそうにしてたら、恋人ができたって思うの?」  聞くと、彼の眉間がぐっと皺を寄せた。 「私が質問しているのですけど」 「ご、ごめん」  フールを怒らすとアンドの次に面倒なのを知っているコアはすぐさま謝り、問いかけられたことを思い出し、考えた。 「うれしいのか、楽しいのかわからないけど。いや、いつもみんなといるのが楽しくて嬉しいんだけど」  フールが黙って見ている。 「江塚さんと、最近仲良くなった」 「江塚さん? 江塚さんって、江塚優さんですか? アンドとドラマで共演していた」 「うん」 「どうして?」 「えっと、話すと長くなるんだけど」 「要点だけを分かりやすく話してください」 「え〜難しい」 「どうやって江塚さんと会ったんです? コアは特に接点がないでしょう。アンドから紹介されたんですか?」  何故か質問攻めをしてくるフールは、怖い顔をしていて、コアを不安な気持ちにさせる。 「ふ、フールも江塚さんのファンなの? おれは、」 「“も”? も、ってなんです? コアが江塚さんのファンだったなんて初耳です」 「ちょ……っ、ちょっと待って! ちゃんと説明するから!」  何かこのまま話を進めたら勘違いをされそうなので、コアは一から順を追ってフールに江塚と会うに至った経緯を話すことにした。 「能津湖、さん?」 「うん。記者、って言ってた」 「記者……どうして記者がコアなんかに……」 「? なんかダメなの?」 「あ、いえ。少し引っかかっただけです。江塚優さんと言えば、超がつく人気俳優です。世の中では中年と言われる年代ですが、容貌もさることながら、それを感じさせない体型と役に対する向き合い方やそのストイックさで女性に注目されています。今期もドラマ一本、CM二本、バラエティ番組にも出演するなど多忙な方です。そんな方が、私達に注目しているなんて……」 「な? 驚くよな?」 「ええ、信じ難いです。何か裏がなければいいんですが」  考え込むような仕草をするフールに、コアは瞬く。 「裏?」 「はい。この世界は常に相手を蹴落とすことを考えなくてはいけない世界です。江塚さんがどうしてコアに近寄ってきたのか……ただのファンとしてでしょうか? 私にはそう思えません」 「……嘘、吐かれてるってこと?」 「その可能性は捨てきれないということですよ。すみません、嫌な気持ちにさせてしまいましたか?」 「いや……大丈夫だけど……」  ──不安になる。  確かに、最初はどうしてと疑問ばかりが頭の中を占めていた。疑いだってした。どうして自分なのだろう、グループで一番魅力的なのは自分自身ではないのに。血の繋がらない自分を家族だとはっきり言ってくれる“彼”の方が、コア自身、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思うのに。  だが。江塚と何度か会い、話していく中で、江塚の言葉に偽りはないのだと思い始めているのもまた事実である。  江塚は優しく、いい人だ。サンセプを好きでいてくれて、よく分からないが、コアを一番推してくれている。  好みは人それぞれと聞いたことはあるし、コアもそうだ。フールが嫌だと言うものをコアは好きだし、コアが嫌いなものをケィは好きだ。みんなそれぞれ違う。  それに気付いたから、江塚の言葉にも納得したのだけれど。 「フールは、それでいいと思う。突っ走るおれを、止めるのが仕事だ」 「いや、そんなふうに言われても困るのですが」 「へへっ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。江塚さんはいい人だから。サンセプを好きになってくれる人に、悪い人はいないだろ?」 「……そう、ですね。そうだといいです」  しかし。 「──はぁっ、はあ! なんで……なんで、こうなったんだよ……っ!」  コアは思い知る。 「なんで、なんで……ッ! ギン……!!」  この世には、悪も存在することを。 core side:rest:iNterdependence

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