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Q16-3
十月十一日。その日のサンセプは大忙しであった。朝早くからバラエティ番組の収録、デビュー二周年を記念とした写真集の撮影、お昼を挟みグラビア撮影は続き、三時も過ぎた頃にはゲスト出演するラジオの収録。
七人は常に一緒であった。一人や数人での仕事はめっきり減り、サントラップセプテットというグループ名はみるみるうちに浸透し、立花をはじめとする事務所の売り出し方針に逸れることなく進んでいた。
移動途中に新規CM出演が決まったと立花からの報告にみんなが沸き、心を躍らせる……。どこまでも順調であった。怖いものなんてない。コアは、そう思っていた。だって、家族であるみんなが隣にいるのだから。
そして一日の仕事を終え、宿舎に帰る時になって、初めてコアは六人から離れることにした。
それを彼らに告げると、誰よりも早くフールが眉を顰めたのである。
「ごめん、人と会う約束をしてるんだ」
「もうこんな時間ですよ?」
「うん。でも、会っておきたいって思うから」
「そうですか……」
「連絡をくれれば、迎えに行きますからね。遠慮なくコールしてください」
心配げなフールの横で、立花がそう言ってくれる。
「うん」
それに頷き返しながら、コアは待ち合わせ場所に急いだ。
携帯端末に届いたメールに記されていた待ち合わせ場所は近い。徒歩で向かえる距離である。仲間達にも手を振り、清々しい気持ちで歩き出す。
「いいことしたなっ」
一人でに呟き、にやけた。
今日の仕事の一つであったラジオ番組の出演のきっかけは、コアが齎 したと言っても過言ではなかった。……いや、それは言い過ぎか。
というのも、元々はそのラジオ番組にサンセプが出演する予定はなかったのである。
では、どうして出ることになったのかと言えば、そこに江塚が関わってくるのだ。
ラジオ番組のパーソナリティーを長年勤めている男性は歌手としてデビューした直後に俳優へ転向、それから江塚と共演し、以降、二人は親交があるのだという。
故に、元々ゲストとして出演する予定であったアーティストが急遽出られなくなり、男性パーソナリティーから連絡を受けた江塚は、サンセプはどうかと打診してくれたらしい。江塚の口添えもあり、男性パーソナリティーはサンセプに出演を依頼。タイミングよく、収録できるほどの空き時間があった為に、サンセプを売り込むことに必死な立花は出演を快諾し、コア達はまた新しい人脈を手に入れたのだった。
収録が終わるまで、その経緯をコア達サンセプは知らなかった。出演するに至った経緯を男性パーソナリティーから聞いたコアは驚き、仲間達は口々にコアにそんな交流があったのかと驚いていたぐらいなのだ。フールだけは、無言であったが。
男性パーソナリティーが芸能界で重宝される人物であり、また、今回のことを機にサンセプをいたく気に入ってくれたことから、仲間達はコアを褒め称えてくれた。
嬉しかった。自分のしてきたことが、大切な仲間達の役に立ったのだと思えたから。これ以上に、あの時、江塚に会いに行って良かったと思ったことはなかったのだ。
そんなこともあり、コアは、能津湖の呼び出しに快く応じたのである。
【各業界から色んな人が集まるパーティーがある。今後の役に立つかもしれないから、顔出せるかな?】
そう呼び出されるのは初めてのことではなかった。が、前向きに参加しようと思ったのは、これが初めてだったのだ。
会場とされる建物の前に着いた。大通りから外れ、少々入り組んだ路地の果てにある寂れた四階建ての建物である。周囲は同じぐらいの大きさの建物に囲まれ、目印となるような看板の類はない。建物に添うようにして何度も折曲がる鉄階段の先に、たった一つの出入り口と思われる扉があった。両側に植木が置かれ、柔らかな街灯に照らされている。
このまま入ってもいいのだろうか。
端末を見る。既に、待ち合わせ時間は過ぎていた。
「……」
静かな辺りに急かされるようにして、
「よし」
コアは、目の前にある扉のノブを回したのであった。
* * *
中に入ると、微かなざわめきが聞こえてきた。だが辺りは薄暗く、人影はない。真っ直ぐ伸びる廊下を進み、もう一枚現れた扉を開く──と、腹に響くような低音と共に、男の話し声、女の姦 しい笑い声が一気にコアの顔面を叩いてきた。
「ぇ……」
その圧に自然と足を後退させた瞬間。
「!」
どん、っと誰かとぶつかる。
「すみま、」
反射的に謝るものの、体がぶつかったと思われる女性はコアに目もくれず去っていってしまった。
「……?」
ここが、能津湖の言っていたパーティー会場なのだろうか。
どうすればいいのか分からず、立ち尽くしていれば。
「──あれぇ? お兄さん、どこかで見たことある顔だね」
「え」
先程とは違う女性が声をかけてきた。長い髪は波打ち、大きな瞳を黒い線が囲い、唇とそこに添えられた指先がいやに赤かった。それに、豊満さを強調するように胸元は大きく開き、コアの眼下にある。
「あれ、聞こえてる? ここは初めて?」
「あ、ぁ。はい」
「へぇ。新入りなんだ」
赤が弧を描く。
「じゃあ、おねぇさんとお話ししない?」
「あ、ま……待ち合わせ、してるから」
「そうなの? 誰と?」
「えっと……」
コアのことをサンセプのコアであるとは気付いていないようだが、彼女の積極的な言動に惑う。
どう断ろうか、逡巡していると、慌てたように横合いから入ってきた人物がいた。
「──ユリちゃん!」
能津湖であった。
「あら? どうしたのかしら? そんなに慌てて」
「その子は私に用があるんだよ、勝手に誘わないでくれ」
「えぇ〜? せっかく若い子を見つけたのに」
「ユリちゃんの毒牙にかけるわけにはいかないんだよ」
「あらやだ、失礼しちゃう!」
「けど、VIPルームにユリちゃん好みの男性連れてきてるから。そこでお喋りをしてくれ。な? 頼むよ。この子はこういうところにまだ慣れてないから」
頭を下げんばかりの懇願に、ユリちゃんと呼ばれた彼女は唇を尖らせつつも、満更ではないような笑みを浮かべ、渋々といった具合に頷いた。
「分かったわ。でも、タバコの量は倍にしてくれる?」
「はぁ、それが条件とでも言うんだろう? いいよ。後でユリちゃんの好きな銘柄を持ってってあげるさ」
「ぃやった! 楽しみに待ってる。じゃあね」
にこりと笑顔をコアだけに向け、ユリは奥へと消えていく。
綺麗でモデルも顔負けな体型の彼女でも煙草は吸うのか、とコアはなんとなく残念に思う。
彼女の後ろ姿を見送って、能津湖は疲れたように溜息を吐き出した。
「全く、若い男に目がないんだから」
と。
「能津湖さん……いつもと、雰囲気違う……?」
「え? あぁ」
ユリという女性の勢いにも驚いたが、それよりも助けてくれたのだろう能津湖の姿を改めて見ると、コアは瞠目せざるを得なかった。
普段、仕事先でよく会う能津湖は一言でいえば見窄らしい格好をしていて、高級カメラが不釣り合いな中年男性である。しかし、ダンスフロアのようなノリのいい曲がかかる会場にいる彼は皺のないスーツを着ており、胸ポケットには薔薇の代わりに色付き眼鏡を差し込んでいて、同一人物とは思えないほどだ。今ならカメラもしっくりと馴染み、お洒落なカメラマンといった感じである。
「やっぱりこういう場はちゃんとしないとね。主催をしてる分、見る人には見られちゃうからね。じゃないとせっかく集まってくれた人達に申し訳ないでしょ?」
眉尻を下げ、それでも笑う能津湖の努力が窺えるようで。
コアは大きく頷いた。
「いいと思います。今日の能津湖さん」
「お、本当かい? イケてる?」
「イケてます!」
「おお〜。君がそう言ってくれると自信が出るよ。女の子にモテると尚更いいんだけど」
「そういうことは、言わない方がモテると思います。女の子は、誰でもいいと思っている男の人には適当だって」
「いやー手厳しい! よく知ってるんだねぇ」
「ラジオとか、ファンレターでよく相談されるから」
「へぇ。ということは、コアくんは聞き上手なんだね〜。女の子は自分の話をよく聞いてくれる人を好むらしいからね」
「なんだ、能津湖さんも知ってるんだ」
「そりゃあ記者をやってれば少しはね。けどまだまだだよ。取材は難しくて、相手に嫌な気分にさせることなんかしょっちゅうだから」
「う〜ん」
そうなのかと首を振り、コアは周囲に目をやった。
「それで、能津湖さん。色々な人が集まってるって聞きましたけど」
「あぁ、うん、ちゃんと説明するね。まずは飲み物頼んじゃおう」
そう能津湖に促され、コアはまた一歩、足を踏み入れた。
奥へ進むと、曲は更に大きくなり、喧騒も近いものになってきた。男女それぞれ思いのままお喋りを楽しみ、お酒の入ったグラスを仰いでいる。中には煙草などの嗜好品を吸っている者もおり、どこか混沌とし、禍々しくもあった。
けれど、不思議と恐怖はない。隣に、よく知っている能津湖がいるからだ。
「ここはね、芸能界だけではなく、様々な世界から新しい出会いを求める人が集まっている場所なんだ。月に一回ほどこういう場を設けている」
「新しい出会い……おれと、江塚さんみたいな?」
「そうだね。誰々に会いたいっていう希望を叶えることもあるよ」
「能津湖さんが主催ですか?」
「うん。もちろん、協力者はたくさんいて、支援もしてもらっているけど」
そんな話をしている間にも、能津湖に話しかけてくる人物は後を絶たずにいた。誰もが親しそうに笑いかけ、能津湖もまた、愛想良く話している。
能津湖は、ここにいる人達に愛されているのだろう。
「ごめんね、コア君」
「いいえ。能津湖さん、人気者ですね」
「いやぁ、君に言われると照れるなぁ。有難いことに、みんなにノズちゃんって呼ばれて、ちょっと擽ったいけど」
「あ、その気持ちちょっとだけだけどわかります。今までになかった名前で呼ばれると、ここがぽって、マッチに火がつくみたいになる」
「それはまた独特な表現だなぁ」
左胸を指すコアに苦笑ともつかない笑みを浮かべ、能津湖はカウンターに導いてくれた。二人で脚の高い丸椅子に座り、能津湖は手慣れたようにカウンター内にいたバーテンダーに注文をする。
「オレンジジュース二つ」
はい、と男性バーテンダーが返事をした。
「え」
コアは素直に驚く。
「こんなところにオレンジジュースあるんですか!? それに能津湖さんまでオレンジジュースって……」
てっきりお酒を頼むと思っていたのに。言葉にはしなかった思っていることは伝わったらしく、今度ははっきりとした苦笑いを彼は浮かべた。
「こんなところって言ってもただの親睦を深めましょうってだけだからね。バーの様相しているけれど、十人十色、お酒がダメな人もいるわけでしょ? それにたまにはお酒じゃなくて、ジュースも飲みたくなる」
と言い終わらぬうちに、よく磨かれた細身のグラスになみなみと注がれたオレンジジュースが出てきた。男性バーテンダーは何食わぬ顔で動揺した様子もないが、コアにしてみれば違和感しかない。
お酒と煙と喧騒。室内の照明もどこか暗く、その下で呼吸する男女は面白いことが絶えないとばかりに笑い続けている。アルコール、という印象が強い場なのにオレンジジュースとは。
これも能津湖の采配なのだろうが、用意周到なことである。
驚愕の次に感嘆とし、コアは静かにグラスへと口をつけた。場違いなオレンジジュースはよく冷えてとても美味しかった。
それからコアは、能津湖と世間話に興じた。最近の仕事状況とか、江塚との関係、能津湖の仕事の話やそれで仕入れた芸能界の白黒つかない情報などにまで及んだ。その時ばかりは少々気まずかったが、能津湖は楽しそうに話していた。
そうすること、一時間。
「さて。そろそろコア君に紹介したいことがあるんだ」
「紹介したいこと?」
「ああ。初めて会った時は私のこと警戒していた見ただけど、お互い、分かり合えただろう?」
「あー、そうですね。能津湖さんはいい人です。江塚さんを紹介してくれたお陰で、仕事がたくさん増えたし」
「だろう? だから」
能津湖の腕が、コアの肩に回された。
「もっと今後に繋がること、知りたいとは思わないかい?」
「どういうことですか?」
「君にとって。サンセプ……仲間にとって、もっとたくさんのいいことが起こるんだよ」
「……」
「たとえば、ほら。君はもう経験しているだろう?」
──江塚のことか。江塚と知り合ったことで、前述した通り、仕事が増えたのだ。江塚が口添えしてくれたから、江塚がコアを好んでくれたから。
コアが、そんな江塚を拒否しなかったから!
「は、はい……っ、もっと、たくさんいいこと、起こってほしいです。おれたちは、デーフェクトゥスを抜いて、一番になるから!」
コアの答えに満面の笑みを浮かべた能津湖は、部屋の更に奥へとコアを招いた。舞台上の緞帳のような分厚いカーテンで遮られたその先は……──。
「……」
「ようこそ。シガークラブへ」
能津湖が笑う。目の前の光景に釘付けになるコアを見て、色眼鏡の奥でニンマリと。
「なん……だ、これ」
明度は必要最低限であった。薄暗く、目を凝らさないと最初はそこで何が行われているのか、また、自分が何見ているのか、理解ができなかった。
お酒と煙草と喧騒。それは、お酒と煙と嬌声に置き換わっている。
男は女の肩を抱き、女は鮮やかな色をしたドレスを惜しみもなく脱ぎ捨てようとし、白く浮かび上がる肌を晒して……。
コアはその異様さに気付いた。ただの、所謂風俗店ではない。アイドルがそんなところへ出入りしてはダメだと、立花に何度も言われた。一番を目指すなら、ファンのことを一番に考え、喜んでもらうことを考えること。自分自身を清いまま保つこと──けれど。
「の、能津湖、さん」
コアの本能が警告音を発する。今すぐここから離れろ、と。
それに従って、足を引いた。分厚い赤のカーテンを押し退け、何も見なかったことにしようと思った。
しかし、平然と笑い続ける能津湖に腕を掴まれ、
「!」
逃げ場を失う。
「こらこら、そんなに逃げなくてもいいじゃないか」
ねっとりとした、こちらに巻きつく声音。
「怖がる必要はない。皆やっていることだから。ほら、君だけだよ? ここでの異端者は」
「……、……な、なんで」
「うん?」
「これ……これ、は」
「まさか経験のない君ではないだろう? 男なら欲を発さなければやっていられない。だが、アイドルの君はなかなか“そういう”お店にも行けないだろう? だから──」
「違う!」
大きな声が迸 った。すると、だんだんと体が震えてきて、眩 暈 のような症状に襲われる。
「これ、これはっ……やっちゃいけないことだ! みん……っ、みんなが吸ってるの、麻や、」
「おいおい、なんてこと言うんだ」
能津湖が遮る。
「ここではシガー、と呼んでいる。煙草と一緒だよ。ほら。だって、ただの煙じゃないか」
「ふ、ざけるな! いくらおれでもわかる、これはいいことじゃない、悪いことだ!」
「……」
コアは掴まれた腕を振り払った。
「おれは、もうあんたに関わらない。いい人だと思ってたのに……おれは、」
「それが通用するのかね」
「……え」
問いかけでもない、純粋な呟きにコアの勢いは削がれた。何故なら、頭のどこかで分かっていたことだったからだ。……焦っていたことだから。
「君は私と交流し、連絡先も交換し、そして今日ここに来た。足を踏み込んだんだ。それはここにいる全員が知っている」
あははは、と女の高笑いが聞こえてきた。はっとしてそちらに目をやれば、胸元を露わにした女が焦点の合わない瞳でコアの方を見ているようで……
「っ」
彼女は、最初に声をかけてきてくれた人物であった。
「たとえ、君がシガーを吸ってないと言って、一体誰が信じる?」
「そ、れは、みんなが、」
「誰?」
「っ、キュウやユズ、みんな……!」
「そうだね、仲間は君のことを信じてくれるかもしれない。マネージャーや社長もそうだろう。それが普通だ。けれど、ファンの子達はどうだろう?」
「……!」
「君が怪しい場所に出入りしていて、そこでは薬を使っていたらしい。その文言が出たとして、果たしてファンは君の言い分を信じてくれるかな?」
「し、信じて、くれる! だってファンだからっ」
「ファンだから、信じられないんだよ」
そこで初めて、能津湖の顔から笑みが消えた。気付く。彼は笑わないと、格好がどうであれ、残忍そうな容貌なのだ、と。それとも、恐れを抱いたコアがそう認識しているだけなのか。
「ファンは綺麗なものが好きなんだ。純粋で、可愛く、格好良く、清潔な人間を崇拝する。言葉通りの信者になる。宗教のようなものだよ。だから汚いところが見えると、途端にファンであることを止め、次の相手を探し求める。……一度、負のイメージがついた君のファンはどうかな? それでも応援してくれるかな? 君が、正義だと信じてくれるかい?」
「お、おれは……」
「ねぇ、じゃあ、これは? 君が“こうなって”しまったことで、仲間達にどれだけの迷惑がかかるだろう? 君を切り捨てたくはならないかな? だって、ずっと頑張ってきたんだよ? 一番になれるよう、皆が努力してきたんだろう? これからますます活躍するだろうに、君が足を引っ張ってる」
「おれはっそんなつもりじゃ──」
「もう戻れないよ、綺麗な自分には」
「!」
「もう君は……こっち側だ」
* * *
「はぁ、はぁ、はぁっ」
だんだんだん、と鉄階段を降りる。追手はいない、多分。
耳元で囁いてきた能津湖を突き飛ばすようにして建物を出たコアは、無我夢中で、がむしゃらにその場から離れようと走った。何度も折れる階段が煩わしい。だって、そこから一歩も離れられていないようで。
「はあ! ぁ、はぁ」
息が上がる。苦しい、肺が空気を求めている。
もういっそ、いっそ……心臓が止まってしまえばいいのに。
「やだ……っ」
視界が滲み出す。
怖い、とても怖かった。
「やだ、よ……おれっ、こんなつもりじゃ……!」
ただ、みんなの役に立てるなら、江塚との交流も、能津湖の誘いも苦ではなかった。最初は持っていた警戒心も、二人と話すことによって和らいで、本当に自分やサンセプを好きでいてくれるファンの一人なのだと思った。思ってしまった。
だが、実際はどうだったろう。能津湖が今日案内してくれた場所は、一言でいかがわしい所で、到底口には出せないような光景があった。欲という欲が渦巻いていて、泥の中のようだった。苦しさも心地良いのだと思っている人達の集まりであった。
──間違っていた。
コアのしてきていたことは、交友関係は……決して付き合ってはいけない人達と交流していたのだ。
「おれ、おれっ……みんな、ちがう、ちがうんだ、おれはただ……──っ!」
必死に走った先は、行き止まりだった。
まるで、この先起こることを暗示しているように。
その時、ひらりとコアの足元に何かが舞い降りてきた。上着のポケットから出てきたらしいそれは。
「なんで!!」
あの建物で見たことが蘇る、鮮明に。そうして想像する。その中で彼らと一緒になって笑う自分を。
次の瞬間、コアは嘔吐した。気持ち悪くて、あの場所で飲んだものを吐き出したくて。もしもあの液体の中にこの粉が入れられていたら?
考えただけで立っていられなくなった。
身の潔白は確かなのに、自分の体を信じられなくなる。本当に清いままなのか。ファンに信じてもらえるのか? 仲間の隣に並んでいてもいいのか……自分は胸を張って、サンセプのコアであると名乗れるのか!
分からなかった。どうにかなってしまいそうで、誰にも打ち明けられない胸の内を誰かに話したくなる。助けて、と言いたい。
自分は騙された、だから助けてほしい、と。
しかし、誰もいないのだ。
自分を信じられなくて、怖くて。
「き……か、ぁ、かあ、さ……っ」
誰もいないから、手を出しても空を切るだけだった。
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