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第10話 猜疑

「何でキスするの?」  秀貴の言葉に佐久間は一瞬たじろいだ。 「僕に知られたら何か都合が悪いことでもあるの?」 「そんなものはない」  秀貴は佐久間から身体を離し、両手をぐっと握り締めた。 「あの人の手をずっと握っていたの、一晩中?」 「秀貴……」 「だって爆破事件の犯人グループの人なんでしょ? そんな人がなぜ龍一さんの 部屋にいるの? なぜ龍一さんが看病しているの?」  秀貴の口から溢れ出るのは不安な思いそのものだった。無事かどうかもわからず、連絡さえない最愛の人が一晩中、見知らぬ若い男の看病をしていた。しかも手まで握り締めて。  それは秀貴の初めて抱いた龍一への恋心を手痛く打ちのめすには充分過ぎる衝撃だった。 「秀貴、いいから部屋に戻れ」 「それ命令しているの?」 「ああ、そうだ」  秀貴は仏頂面を作り、踵を返すと廊下を戻って行った。だが舜のいる寝室には戻らず、キッチンへ向かった。 「俺は朝飯を作る。寝室に水を届けてくれないか?」  佐久間は秀貴にこともなげに言葉を掛けた。秀貴はキッと佐久間を睨み返す。だが秀貴はその笑顔に抗うことが出来なかった。 「……わかった」  秀貴は手渡されたピッチャーとグラスを手に寝室へ赴いた。まるで試合に出る前のレスラーのように挑発的な不敵さを顔に浮かべながら。 「お前が子虎秀貴? そっか。龍さんから聞いてる」 「龍一さんから? 何を聞いたの?」  秀貴はピッチャーとグラスをベッドサイドのテーブルに置いた。 「俺が龍さんのベッドに寝ているから嫉妬しているのか?」 「嫉妬? まさか。馬鹿なこと言うなよ」  秀貴はグラスを倒しそうになり、重心を崩して右手をベッドの縁についた。すると舜はそっと伸ばした右手で秀貴の右腕を掴んで引いた。身体がベッドの方へ傾き、秀貴は舜と正面から見つめ合う形になった。 「えっ、何を?」  舜は秀貴の顔をじっと見つめた。 「まあまあだな。でもまだ男の扱いには慣れてないな。さっきのはまるで十代の小娘みたいだったぞ」 「僕たちの話を聞いていたの?」  舜は秀貴から顔を逸らし、ふっと窓の向こうに何かを探すような目をした。 「あんな大きな声、聞くなって言う方が無理だろ」  秀貴は思わず顔を赤らめた。 「俺には無理だった。龍さんを自分のものにすることは。だけど俺には龍さんしかいなかったんだ」  ふたたび舜は真っ直ぐに秀貴の顔を見つめた。 「だから龍さんに知らせたんだ。お前の妹がいる場所を。でも組織だって馬鹿じゃない。甘く見ていた俺が悪い。だからこんな事に……」  舜は右手で左肩を摩り、痛みに顔を歪めた。 「痛むの?」 「組織のトップは俺の姉貴なんだ」  秀貴は思わぬ言葉に表情を凍りつかせた。 「亜希子は……亜希子は生きているの?」 「俺は知らない。ただ……」  秀貴は舜の肩に触れかけて、手を止めた。 「ただ、何?」 「……俺は龍さんに彼女の居場所を伝えただけだ」 「何の話をしていたんだ?」  そこに佐久間がスープとオムレツをのせた大きなトレーを持って現れた。 「二人とも腹が減っているだろ?」  舜は瞳をまん丸にしながら、ベッドから上半身を起こした。 「もう何日食い物と縁がなかったか! 美味そうな匂いだ」 「秀貴は向こうで食べるか?」 「いや、ここでいいよ」  秀貴は二人のどんな会話も聞き逃したくないと思った。  佐久間はトレーにのせた一方の料理をベッドの脇にあるサイドテールに置き、残りの料理を舜の膝の辺りにそっと置いた。 「一人で食えるか?」 「無理。龍さんが食べさせて」  秀貴が手を滑らせてフォークを床に落とした。 「どうした秀貴? 新しいのを持ってくるか?」 「大丈夫だよこれで!」  秀貴は枕元に置いてあるティッシュを箱ごと取り上げ、数枚を取り出すと、箱をベッドの向こうに押しやった。  舜がククッと笑いをかみ殺す。佐久間は呆れたような顔つきで秀貴を見つめた。 「龍さん、食べさせて」 「それだけ元気なら一人で食えるだろう」  秀貴は二人に気付かれないよう、小さくガッツポーズを作った。 「秀貴、少しは落ち着いたか?」 「別に。初めから落ち着いているよ」 「なら俺の話をよく聞くんだ。俺と舜には確かに肉体関係がある」  秀貴はカッと頭に血がのぼる思がした。 「だがそれは愛ではない。俺が愛しているのは秀貴、お前だ」  逆流しかけていた血液があてをなくして暴れまわる。秀貴の胸の鼓動はめちゃくちゃに乱れた。 「何でそんなことを今わざわざ言うの?」  佐久間は背中を向けていた秀貴の肩をぐっと引き寄せた。 「お前にちゃんとわかっていて欲しいからだ」  じっと見つめる佐久間の目に嘘はないと秀貴は思った。 「あーあ、やめてよこんな所でラブシーンしちゃうのは。俺が失恋したばかりだっていうのにさ」  秀貴は驚いて舜を見つめた。 「聞いたろ? 龍さんは俺じゃなくてお前を選んだんだ。もうその仏頂面はやめろ、可愛い顔が台無しだぞ」  そして秀貴は再び佐久間の両目を見つめ直した。 「信じていいんだよね?」 「当たり前だ。それより今は亜希子さんを探し出すことが先決だ。もうその事で舜といがみ合うのはやめろ。舜はまだ組織に追われている。だから俺がいない間、お前には舜と一緒にこの部屋にいて欲しいんだ。わかるな?」  秀貴はこくりと頷いた。 「いい子だ」 「舜、お前が言う言葉じゃないぞ」  佐久間は舜を睨みつけた。 「それから舜、お前にはもう一つ聞いておきたい事がある。組織の目的は何だ? おまえは知っているんだろう?」  舜は口を開きかけてまた閉じた。そして何かを逡巡するように佐久間と秀貴の顔を交互に見つめた。 「俺が知っているのは、組織は子虎亜希子を初めから香港に連れて行くつもりでいるってことだけだよ」 「亜希子はやっぱり無事なのか?」  秀貴は舜に掴みかかろうとして、佐久間に止められた。 「そうか。その目的は何だ?」  佐久間は舜に問いただした。 「知らない。香港で売り飛ばす気なんじゃないの?」  秀貴がまた舜に食ってかかろうとしたが佐久間に阻まれ徒労に終わった。 「俺は一旦仲間と合流しなければならない。しばらく留守にするが二人でここに隠れていてくれ。いいな?」 秀貴は佐久間の言葉に頷いた。 「俺はどうせまだ動けそうもない。龍さんの帰りを待って大人しくしているよ」  佐久間は秀貴を促すように見つめた。 「わかった。僕が見張っているよ」 「俺は犯人じゃないんだぞ!」  佐久間は舜をそっと宥めるように、彼の顔に触れた。 「わかっている。今は少しでも早く傷を癒すんだ。いいな舜?」 「……わかった」  佐久間の身支度を手伝うため、秀貴は寝室を出て行く佐久間の後を追った。  秀貴がワイシャツを手渡そうとした時、佐久間はいきなり秀貴を壁に押し付けた。 「秀貴、俺はお前のことが心配だ」  両目を瞬かせながら、秀貴はほんのり上気した顔を佐久間に向けた。 「僕なら大丈夫だよ。ちゃんとあいつを見張っているから。何か信用できないんだ、あいつ……」 「お前もそう思うか?」 「え? 龍一さん、あいつを疑っているの?」  佐久間は秀貴から受け取ったワイシャツに袖を通しながら、険しい顔つきをした。 「お前に持っていて貰いたいものがある」 「何?」  佐久間は何か考えを巡らせている様子だった。 「だが持っているだけじゃダメだ。こっちに来い」  佐久間は乱暴に秀貴の腕を掴むと、そのままバスルームへ向かった。 「脱ぐんだ、秀貴」  秀貴は戸惑っていた。だが待ちきれないという様子で、佐久間は秀貴の着衣を全て剥ぎ取った。 「やめて、龍一さん、こんな時に!」 「こんな時だからだ」  佐久間は無理やり秀貴を後ろ向きにさせ、嫌がる秀貴の言葉も聞かず、シリンジを手にした。 「ああっ!いきなり……やめて、恥ずかしいよ!」 「大人しくしてくれ。大切な事なんだ」  一気に身体に注がれる奔流に、秀貴は思わず声を漏らした。温かな流れは頂点に達し、再び出口を求めて暴れ出す。 「くうっ、苦しいよ、龍一さん!」 「我慢しろ、秀貴」  再び新たな奔流が秀貴の身体に注がれる。何度されても恥ずかしいと秀貴は思った。だが既に龍一に抗うことが出来なくなっている自分に気付いた。  繰り返される恥ずかしい行為にも、秀貴の身体は敏感に反応するようになっていた。 「いいか秀貴、これはお前を守るためだ。乱暴なことは謝る。だが俺を信じて任せてくれ」  秀貴には佐久間の言葉の意味がよく理解できなかった。だが身体は心よりも佐久間を理解していた。  佐久間の熱いペニスが秀貴の愛らしい双丘を割って侵入していく。 「うあああっ、龍一さん!」  佐久間の左手が秀貴の口元を覆った。そこから漏れる愛おしい喘ぎに、佐久間のペニスが強く反応し、硬さを増していく。 「痛い、痛いよ龍一さん!」 「我慢するんだ」  いっそう強く捩じ込まれるたび、秀貴は意識を飛ばしそうになる。もう身体はすっかり佐久間の思いのままに反応し、昂まりを隠しきれない。 「ああ、龍一さん、ぼく、イっちゃう」 「ああ、いつでもいいぞ。いくらでもイけ」  秀貴は白い白濁をバスルームの壁に飛び散らした。 「もっとだ、もっと奥まで挿れるぞ。我慢しろ秀貴」  佐久間の言葉に秀貴のペニスが再び反応する。ゾクゾクするような快感に、全身がビクビクと痙攣を起こす。 「龍……いち……さん」  いつもとは違う。乱暴なまでに抜き差しを繰り返すことのない龍一の腰の動きに、秀貴はすっかり陶酔していた。ゆっくりと、だがいつもより深く深く突き上げられる快感に、秀貴は再び頂点に登り詰めた。 「ああっ、また……龍一さん!」  その瞬間、佐久間は思い切り腰を突き出し、秀貴の身体の一番深いところを突いた。 「ぐうっ……ふ、深いよ、龍一さん!」  ぬるりとペニスが引き抜かれ、佐久間は自分の白濁を床に解き放った。佐久間はそのまま秀貴の横に背中をつき、肩で大きく息をした。 「龍一さん、どうしてそのままイかなかったの?」 「流れると困るからな」  佐久間は意味のわからないことを口にした。だが秀貴のその先の質問は佐久間の唇で遮られた。

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