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第15話 海に浮かぶ月

 バスローブの袖口からのぞく秀貴の腕には、痛々しい擦過傷が残されていた。それは無機質なロープが残した傷だ。  佐久間はベッドから跳ね起きると、秀貴の肩口に手をかけ、バスローブを剥ぎ取った。  秀貴は全てを曝け出された。ほんの一瞬顔を赤らめながら、秀貴は何一つ隠すことなく、正面から佐久間の顔をじっと見つめた。  佐久間はぎゅっと瞼を伏せ、僅かに下を向いた。胸の奥では痛みにも似た感情が湧き上がり、唇の端を噛んだ。 「龍一さん、これくらいの事、僕は平気だよ。だからもうそんな悲しい顔をしないで」  佐久間がその声に引き寄せられるように顔を上げた。  僅かに血の滲んだ佐久間の唇に、柔らかな膨らみが触れる。秀貴の唇はゆっくりと佐久間を包み込み、彼の胸に膨らんでいた悔恨という岩塊を少しづつ溶かしていく。いつの間にか秀貴は、佐久間にとって名医の処方する妙薬よりも効き目のある存在になっていた。  佐久間は衝動に駆られたかのように秀貴を抱きしめ、自分の肩口に愛おしい男の頬を乗せた。 「秀貴、もう決して一人にはさせない。俺がちゃんと守っていく」  秀貴は佐久間の首筋を強く吸った。佐久間の口元から軽い呻きが漏れ、背中に回された腕に力が加わった。 「龍一さん、僕も男だよ? 自分のことは自分で守れる。だからあまり危険なことはしないで。僕のためを思ってくれるなら、龍一さん自身のことも大切にして。じゃなきゃ僕は……」  秀貴はそこで言葉を飲み込んだ。  ふっと佐久間の頭が離れ、秀貴の唇を塞いだ。もう言葉は要らないとでも言いたげに。  佐久間の愛撫はいつになく激しかった。ヘソの辺りに触れた唇は、胸の膨らみの頂点を焦らすかのように、脇腹へ逸れた。秀貴は火照った体温と同じくらい熱い吐息を漏らした。  秀貴はこの世界で生を受けて以来初めて知った。身も心も求める相手を。触れられる、ただそれだけで全身に歓びを感じる相手を。    今、その佐久間に抱かれながら、秀貴はようやく長かった緊張から解き放たれ、安堵の思いに満たされていた。  佐久間の指先が乳首に触れる。秀貴はびくんと跳ねて反り上がり、瞳の縁に涙を湛えた。反対側の乳首に唇が激しく当てられた瞬間、温められた涙が両眼から零れた。 「龍一さん!」  この幾日もの間、胸の奥にしまっておいた愛おしい人の名が零れ出る。 「秀貴」  言葉で伝えることはもうない。相手が何を求めているのか、互いの名前を呼ぶ温度さえも知ることができた。  心に生まれた情愛は、互いの熱でさらに熱くなり、理性までも焼き尽くしていく。極限まで膨らみきった佐久間のペニスは、しなやかな秀貴の身体の中心を探し求め、脈動した。  秀貴は佐久間を迎え入れるために、僅かに腰を浮かせた。焼けるほど熱い屹立を秀貴の潤ませた蕾に押し当て、ぐっと腰を押し込んだ。 「ああっ、龍一さん!」  悦びに震える喘ぎ声を聴きながら、佐久間の額から大粒の汗が零れ、秀貴の頬を濡らした。 「秀貴、あまり強く締め付けるな。痛いよ」  秀貴は断続的に何度も息を吐き、力を緩めようとした。だがそれは徒労に終わった。だが佐久間も心得ていた。佐久間はお互いの汗で頬や鼻を濡らし合いながら、秀貴の唇を貪るように吸った。おずおずと伸ばされた秀貴の舌を吸い、唾液を絡めとり、自らの唾液を愛おしい唇に垂らした。  秀貴の腰に左手を滑り込ませ、硬く張った尻に触れた。恍惚とした表情が浮かび上がるのと同時に、力が入り過ぎていた秀貴の双丘から、緩やかに熱が引いていく。  ようやく侵入を許された佐久間のペニスは一気に秀貴の中心を貫いた。  身体の芯を貫かれて、秀貴は声を上げた。長い長い余韻を残しながら、それは嗚咽に変わっていく。だが佐久間は動きを止めることは出来なかった。 「苦しいか、秀貴?」  秀貴は涙を溜めた瞳を佐久間に向けながら、首を僅かに左右に振る。  二度目の許しを得た佐久間は容赦なく腰を打ちつけた。肉体と肉体がぶつかり合う淫靡な音を聞きながら、秀貴は深い悦楽の中へ堕ちていく。果てしなく続く快感に、全ての感覚を絡めとられながら。その愛らしい口元から一筋の唾液が零れ出る。佐久間は迷わず自分の口を近付け、蜜のような秀貴の唾液を舐め取った。身体を冷ますために噴き出た汗は、秀貴の胸元で温められ、湯気となり部屋を満たしていく。  佐久間は秀貴の肩口を掴み、裏返しにした。  ほんの僅かでも離れることを拒むかのように、秀貴の蜜壷がちゅるりと不満の音を響かせる。思わぬ抵抗に、佐久間の亀頭はぶるっと弾かれ、自分の腹を打った。湯気を纏った佐久間の亀頭は膨らみを増し、再び狙いを定めた。  後ろ向きにされた秀貴は、次の瞬間を待ち焦がれ、荒い呼吸を繰り返す。そして再び深く貫かれ、広げた両手はシーツを鷲掴みにした。 「ああっ! 龍一さん!」  佐久間の両眼に、意地の悪そうな笑みが宿る。 「どうして欲しい?」  言葉の終わりと合わせるように、腰の動きを止める。 「いやだ、やめないで!」  秀貴からは佐久間の期待以上の反応が返ってくる。 「じゃあこれはどうだ?」  佐久間は秀貴の蜜壷を支点にし、腰を前後にずらすように突いていく。 「ああーーっ、龍一さん! だめーー!」  秀貴はぶるっと胴震いをした。おそらく射精したのだろう。佐久間はさらに激しく腰を前後にずらしながら押し付けていく。  佐久間は秀貴の背中に自分の胸を密着させるように重なった。その反動で佐久間のペニスは秀貴の蜜壷を抉り、より深く突き刺さる。 「ああっ、ああーっ、イ、イクッ!」  秀貴が腰を浮かせるのと同時に、重力の力を借りて佐久間は腰を深く打ち降ろす。快感に翻弄されながら、秀貴は肩を上下させせた。細かく何度も呼吸を繰り返し、その口元からは嗚咽が漏れた。  佐久間は獣そのものの咆哮を上げた。  秀貴の中心を穿ちながら、佐久間は既に二度も秀貴の身体の奥深くに吐精していた。その度に蠢き、締め付ける秀貴の蜜壷に再び昂まりを誘われ、再び秀貴を深く貫いた。  愉悦に満ちた秀貴の啼き声は、佐久間の肌をチリチリと粟立たせ、部屋の空気をも切なく震わせた。  そして三度目の雄の咆哮と、狂おしい啼き声の中で、二人は静かに睡魔に身を委ねた。

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