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21.これはえっちのお誘いですか?の件
大学からバイト先までのたった10分間でそれ以上何か起ころうはずもなく。
「あ、おはよーミズキ、カイセー!今日は一緒に来たんだ?」
カフェの裏駐車場でゴミ拾いをしていたナリタ店長に見つかって。
悪いことをしてるわけじゃないのになんだかおれが急に萎縮しちゃって「……ッス………」と挨拶をする後ろでミズキ先輩が「おはよーございまーーす」と陽キャっぷり大発揮して「ねえ店長聞いて!今日大学でカイセーとばったり会ってさ〜」とメット外しながら会話し始めるのに『幸せな時間が終わった』ことを察したおれ。
告白もできなかったし…まあサイコーに楽しかったからいいかなあ…と原チャから降りてもそもそとリュックを背負っていると店長が話し掛けてきた。
「カイセーさ、今日21時までシフト延長できない?」
「大丈夫っすけど」
「よかった!助かるよ!急にさっき連絡あってひとりシフト減っちゃって人出足りなかったんだよね。締め作業まではやらなくていいから、ラストオーダーまでは居てくれると本当に助かる!」
「わかりました。夜メンツだれですか?」
「俺(店長)とカイセーとミズキ。人数少ないけど頑張ろうな」
カフェのラストオーダーは21時。
そこから皿洗いとかレジ計算とか掃除とかの締め作業があって、完全閉店が22時だ。
締め作業は結構やることも多いし、夜の時間帯はなかなか忙しいみたいで店長や先輩に教えてもらうヒマもなくここまで来てしまったおれとしては、むしろ「締め作業の手伝いできなくてすいません」ってかんじだ。
じゃあ、退勤するまでにある程度皿洗いとか終わらせておこう、そしたら店長もミズキ先輩も助かるだろうし。
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「カイセー!21時になったからもう上がっていいよ!今日は夜まで居てくれて本当に助かったよ、ありがとな」
「ッス。お疲れ様っした」
夜の忙しさのピークが過ぎてお客さんが2.3組だけになったカフェ。
店長に言われて、厨房の床掃除をしていたおれは手を止めてバックヤードに戻った。そこにはデスクPCで発注作業してるミズキ先輩がいた。1Lのパックジュースに長ストローを差してちゅーちゅーしながらお菓子摘んでる。これもこのバックヤードでのいつもの光景なので、慣れてるおれは気にせず「お疲れ様でした〜」と声掛けて帰り支度を始める。
「お疲れ様!カイセー今日は残ってくれてありがとね、助かったよ」
「ッス」
「そこの冷蔵庫に◯◯さんから頂いたお菓子入ってるから、食べていいよ〜」
「ッス」
言われた通り冷蔵庫を開けると、お土産ボックスのなかにカラフルな洋菓子があった。これ名前なんていうんだっけ。甘党だけどこういうイマドキお菓子に疎いおれ。
「このお菓子なんていう名前でしたっけ」
「マカロン」
在庫をメモした紙と睨めっこしながらPCにタイピングしている先輩は、こっちに視線をくれないまま答えてくれる。バイト時の真剣モードの先輩も…かわいいなぁ…こっち見てくれないのはちょっと寂しいけど。
いつもはバイトメンバーで賑やかなのに、仕事慣れした店長とミズキ先輩だけ居るとなんだか時間の流れが独特で、空気感がまったりしてる気がする。たぶんきっと、このあとはほんとに締め作業だけだし、時間に追われてせかせか動くタイプのふたりじゃないからおおらかにドーンと構えてるんだろう。
現に店長はフロアカウンターのほうで商品の品出ししたり、タンブラーの絵柄の向きを揃えたりしてのんびりやってる。
このふたりはおれが退勤したあとも22時まで店に立っててくれるんだよなあと思い一抹の申し訳なさと寂しさを抱きながら、おれは意を決して話を切り出した。
「あのっ先輩!」
「ん?」
「あの、その、昨日はすいませんでした…」
「昨日?なんだっけ」
「居酒屋のっトイレで………」
「あー!あれ?んふふ、やだなぁ改まって……」
ドドドド緊張してるおれとは裏腹に、やっと思い出したらしい先輩は急に頬を赤らめて含み笑いをする。かわい…照れてんのかな。
「あのっそれでおれ!先輩とちゃんと話したくて………」
「ふふ!いいよ、なに?」
この日のために用意した"それ"をおれはリュックのなかから取り出した。
「あの!このまえ知人から映画のチケットとデデニーランドのパークチケットを譲り受けたんですけどもしよかったら一緒に行ってくれませんか!?!?」
「え……え?映画?デデニー?」
雌雄のネズミのキャラクターと『パークチケット』と銘打たれたそれを受け取ってしげしげと眺めるミズキ先輩に、『やった!!!受け取ってくれた!!!!』と脳内おれがサンバのビートでgifを踊り出す。
「映画とデデニーかあ、久しく行ってないなあ」
「行きましょう!!!是非に!!!!!!」
「ん、いいよ!ちょっとびっくりしたけど」
「こちらのチケットでは有効期限のみが記されておりまして、詳しい来園日程につきましては先輩から空いている日程をお伺いしてそこから決めたいと思いますので先輩のご連絡先LINEを教えて頂けるとありがたいです!!!!!!」
「もちろん♡ってあれ、まだ連絡先交換してなかったっけ?」
「はいっ!」
「ありゃそうだったっけ、待っててね、いまケータイ出すから…」
さっきまでの仕事中モードがぱっと切り替わり、いつものかわいいちゃんモードに切り替わった先輩がおれのそばをすり抜けてロッカーから鞄を引っ張り出す。ふわ、と桃の香りがした。
「QRコードにする?」
「あ、はい、なんでも大丈夫です!」
「どうやって表示させるんだっけ…あ!あった、これだ!」
ついにミズキ先輩と繋がれる!ってドキドキ押し隠して、先輩のスマホに表示されたQRを読み込む。
ぴろん♪と現れたアイコンは、細口のケトルでコーヒーをハンドドリップしてるカフェエプロン姿の先輩。なにこのセンス?オシャレすぎだろ?いつ誰に撮ってもらったの?
対しておれは最近ハマってるオンラインゲームのアバターで、オタク丸出しって感じ。オタクバレして内心焦りまくるおれに先輩は「これなんのキャラ?この前言ってたモンハンのやつ?」と軽〜いジャブをくれるのでやっぱり本当にこの人は根っからの善人だなと思う。
「ちっちがいます!これはその、別のゲームのキャラで…」
「そうなんだぁ」
無課金で育てまくったおれの大事な相棒なんです…!とは言わず…ってこれこの感じ、おれが昼間バカにしてたポケモン喋りのオタク友とあんまり変わんねーじゃねーかとサクッと自虐モードに入りかけて、おもむろにパックジュースのストローを咥えた先輩の唇に目が吸い寄せられる。
「ん?なに?カイセーも飲む?」
「え!?いや…!!、?」
「おいしくて最近ハマっててさ、コンビニでこればっかり買っちゃうの」
リブトン・プレミアムアールグレイティーラテと銘打たれた紫基調のパッケージイラスト。「はい」と屈託なく俺へ差し出されるストロー。
口付けて啜り上げたその味は甘くて、ミルクのコクがとろりと喉に馴染み、紅茶の華やかで爽やかな香りが鼻へと抜けていった。
「……おいしいです」
「でしょ♡」
おれに餌付けして満足げな先輩はニコッと笑って自分の唇をトントンと指でタップし「ここも同じ味するよ」と言った。
「!?!?!?////」
絶句するおれにミズキ先輩は「確かめてみる?」と言ってきて、おれの身長に合わせてちょっと背伸びしてぷるぷるの唇をつんと突き出してきて。
「!?!?!?!?!?!?」
「…んふふ、冗談だよ。ほんとかわいいねおまえ」
「〜〜〜〜っ!?!?」
「じゃあ後でLINE入れるね!予定立てなきゃ♪デデニーランドなんて久々だ♪楽しみができたら、なんかやる気湧いてきたな〜(笑)このあとも頑張れそう!ありがとうねカイセー」
お、おまえって言われた………!!?/////
先輩からの『おまえ』呼びにめちゃくちゃキてしまったおれは調子に乗りまくる。
「あの!もしよかったらおれ今日このあとバックヤードで待ってるんで、店閉めたら家まで送って行きましょうか!?!?」
「え?ううん大丈夫だよ、夜はたぶん店長が送ってくれるから」
「そうですか………(しょぼん…)」
「なに?(笑)もっとぼくと一緒にいたかった?(笑)」
「!!!!っそうです…!」
「んはは!カイセーほんとにかわいい😂いい子いい子☺️」
「う"っ…やめてください……」
「…じゃあさ、デデニーの日はさ…ふたりで"ゆっくり"楽しもうね…♡」
「◯×△□※☆◎×××××〜〜!?!?!?」
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「ほらっお子ちゃまは早くおうち帰んな!」とお尻をひっ叩かれてバックヤードから駐車場へ出たおれは(お子ちゃまじゃねえし!2個しか変わんないじゃん)と思いつつひんやり冷えた柔らかい夜風に吹かれながらも頭の中は大興奮が収まらない。
先輩が冗談半分にからかってくるその全部がストライクすぎて、おれはもう翻弄されっぱなし。全身から汗は吹き出すし、ドッキドキさせられすぎておれのエクスカリバーも元気通り越して痛くなってきて、とにかく色々と大変なことになっている。しかもこんな夜中(21時)に!夜ってだけでもう雰囲気十分なのに、わざわざ先輩が惑わしてくるから、ほんとにもう…ヤバい。
『ふたりで"ゆっくり"楽しもうね』なんてもう、えっちなお誘いでしかありえないだろ…!!!!!
いや待て早まるなカイセー、まさか天使先輩がそんなえっちなお誘いするわけ…
するわけ…
…………やっぱえっちなお誘いかなあ……!?!?(鼻血)(大声)(月に吠える)💓💝💜💘💘💘💘💘💘💘💘💘💘
その夜おれは『ふたりで"ゆっくり"楽しんでいる』妄想で、寝られない夜を過ごしたのでした。
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