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 死ぬのも地獄、生きるのは……もしかすると、死よりも地獄かもしれない。だが、それでも死ぬのは怖い。  ひたと見つめてくる魔術師の視線を感じながら、ルトは理由もなく、喚きたくなる思いをぐっと抑えた。いや、声は出せなかったかもしれない。次から次へと心の内にこみ上がる、激しい苦しみによって。 「る、ると……、僕、は……、僕、もうあれ、飲みたくないよ……」  ルトのすぐ隣でエミルが泣きそうに呟く。最近エミルも、調子の悪さを訴えていた。微熱が続いたり、腹痛やめまいに襲われたり。  少しずつ顔色を悪くするエミルに、何度か魔術師を呼ぶよう言ってみたが、エミルは頑として頷かなかった。動揺するエミルをその度に、ルトは癒しの力を使って落ちつかせた。  エミルの小さな呟きが聞こえたのだろう。魔術師が警鐘を鳴らした。 「この死骸にしり込みして、もし毎食後の一杯を拒んだら……、そのときは、死よりも恐ろしい目にあうと覚悟しろ。この後宮で獣人の子を孕めないものに価値はない。途中で逃げれば、色狂いした性欲の塊である獣人たちに、死ぬまで嬲られ続けるだろうな」  大広間での制裁を思い出せ。さらなる苦痛を味わうだろうと。魔術師の捨て台詞は、ルトたちをいつまでも、どこまでも縛りつけた。  もう何も言えなくなったルトに、話は終わったと解釈したのか。魔術師は少年の骸を物のように担いだ。まるで死神かと思える黒い姿が見えなくなっても、ルトたちはその場から動けなかった。 「うぇ、え……っ」  それぞれが茫然としたなかで、エミルの泣き声が静かに響く。あどけなさが残る顔じゅうをしわくちゃにして、すでに覚悟したのかもしれない。不調が続く自分の末路を。  いつもなら、恐怖のなかに少しの安らぎを与えるために癒しを使う。だがこのときは、ルトも身じろぎさえできずにいた。  ――エミルは、死ぬのか。今日か、明日か、半月後か。  慰めの言葉をどんなに吐いたところで白々しいだけだ。この場でルトが持ち得る単語をどれだけ探し、繋げ、誠心誠意を伝えたからとて何になる。魂が抜けたように声を失い、ただ立ち尽くす。魂は、死神に持っていかれたかもしれない。少年の遺体とともに。  エミルの泣き声につられ、あちこちから溢れだす嗚咽を聞きながら、ルトはそう思った。 ***  ついに、魔術師が設けた二ヵ月と半月を迎えた。 「残ったのは……、四十一人か」

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