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「わぁってらぁ。言ってみただけさ。しかし、実際見聞きしてみりゃ、後宮を出入りする登録証ってのは便利だなぁ。獣人登録の証明書やらなんやらで、初めは面倒くせぇと思ったもんだが」
「ああ。孕ませたらそれで連絡がくるんだったかい。こっちの都合や、情報を細かく管理されてるのは、気持ちが悪い気もするけど。自分の子種を育てるのは、自分の精しかできないからねぇ」
「違ぇねぇや。オーブリーも報せを受けてから、毎日子種をぶっかけてやるって息巻いてたな」
あからさまな会話に大笑いして獣人たちが去っていく。遠ざかる大きな声が聞こえなくなり、安堵のため息をもらしたルトはそろりと身を起こした。
獣人の子を孕んだら、我が子を産ませるため、獣人は核種胎に精液を注ぎ続ける。生まれるまでほぼ毎日。どんなに辛い相手でも、腹の子の父親に独占される日々が続く。エミルが朱華殿を与えられた理由だった。
後宮が一日中解放されるのは、孕ませた獣人が昼夜を気にせず出入りするためでもあった。同時に魔術師を通さずとも行為を始められるよう、孕み腹には専用の宮殿が与えられる。
どれほど無茶をされても種が定着すれば、身体の臓器の一部として組み替えられる。乱暴に扱われてもめったに子が流れることはない、宿主が命を落とさぬ限り。
エミルの状況を慮ってルトは表情を曇らせた。話題に上がっていた牛族のオーブリーは気性が荒いほうだ。ルトが相手をしたときのように、無茶をされていなければいい。そう思い先を進んだ。
朱華殿と、大きく掲げた門柱が見える。背景には開拓した森が広がり、手前には中庭が広がる。西洋の屋敷を連想させる、洋風の建物だ。ルトは弾む息を抑えて門柱をくぐった。広々とする中庭の芝生を踏んで、右手に回る。小石を拾い二階の窓に投げた。二番目はエミルの寝室だ。
オーブリーがいなければ、エミルが玄関を開けてくれる。もう一度投げようとしたら、かちりと扉が開く音が聞こえた。
「ルト……?」
「そう。ここにいるよ」
不安そうにきょろきょろと中庭に出てきたエミルに、隠れていたルトが駆け寄る。ルトの姿を見つけたエミルは気が緩んだのか、くしゃりと顔を崩してルトに抱きついてきた。迷子になった子どもが、やっと母親を見つけたような仕草だった。
「ひどいことされてない?」
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