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ルトの薄い肩に、頭を押しつけたエミルがこくこくと頷く。小さく震えるエミルの肩をさすり、ルトは殿内に促した。
ツエルディング後宮の大広間には及ばないが、開放的な吹き抜けのホールに入る。明るいフロアを迷わず通り抜け、赤絨毯がひかれた階段を上り、一日中エミルが過ごしている寝室に進んだ。二階の窓辺からなら、門柱の向こうまで見える。もしもオーブリーが来たら、裏からすぐに出ていける。
めっきり口数が減ってしまったエミルの手を引いて、窓側に置かれたソファーへ横並びで座った。うつむくエミルの表情は暗い。目の前の気に引きずられないよう、気休めにもならないけれど、ルトは優しく話しかけた。
「今日は、パーシーは来た?」
「……ううん」
うつむきがちにエミルが小さく首を振る。パーシーは、過呼吸の少年を寝台に戻す手伝いをしてくれた子だ。最近ルトの周りでは、エミル以外の少年たちが集まるようになった。ルトを取り巻く二つ目の変化だった。
根っからの明るい子で、お日様みたいな性格だ。劣悪な環境でいつも一緒に過ごすルトとエミルが、前から気になっていたそう。毎日が辛くて、怖くて、友達が欲しかったのだと。パーシーの明るい声がぽつりと影を落としていた。
ひとりきりは寂しい。エミルがまたルトと一緒に眠れるのは、牛族の子を産み落としたあとだ。閉塞した宮殿は静かで、静かすぎて。エミルの気分に重い蓋をしてしまう。ルトは、できる限りではあるが、エミルに会いにきてパーシーたちの話を聞かせていた。
いつも、明るい話ができればいいのだが、状況が状況だ。仲良くなったぶんだけ様々な情報が入る。内容はときどき不穏なものを含んだ。
「それで、トンミが……絶対にこっから逃げてやるんだって興奮しちゃって。みんなでなだめるの、大変だったんだよ」
過呼吸を起こした少年だった。トンミはもうじき十六歳になるそうで、成人式を迎えたばかりだった。思い描いた夢を砕かれ、獣人に弄ばれる日々に耐えられないのだろう。
恐怖や不安は彼のなかで、やがて反骨心に変わってゆく。集められたルトたちでは最年長で、言い換えれば、いちばん自分の人生を満喫した少年だった。たかが数年の違いだが、育ち盛りの一年や二年は貴重な月日に違いない。
だが魔術師や獣人が監視する宮殿で、逃げ切れるはずもない。逃げたら手酷い仕置きがある。幾度、聞かされたかわからない忠告だ。今以上の苦痛を考えただけでも背筋が凍る。きっとルトの、想像を超える激痛だろう。
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