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 エミルの手を握るルトの手のひらが、知らずにふるりと震えてしまった。いつの間にか癒しの力も途絶えている。もう一度エミルに癒しを与えるため、ルトは手のひらに力をこめた。温かく触れるルトの手を、エミルがじっと見つめる。 「ここから出れたら、いいね……」 「エミル」  不穏な言葉を口にしたエミルに、焦りを含んだルトの声音が重なる。厳しい紫水の瞳が、明るい茶色の瞳を覗きこんだ。はかなく、エミルの口元が下がる。 「わかってる、ルト。ここから逃げられないの、僕わかってるよ」 「……獣人の前では口にするのも、だめだよ。考えるのもだめだ。ごめん。俺が、よけいな話まで言ったんだ。絶対に変なことは考えないで。エミルが痛めつけられたら、俺……、つらい」  握ったエミルの手を包み、ルトが互いの手を持ちあげて、自分の額にきつく寄せる。握るエミルの手の甲に額を当てて、ルトは小さい吐息を吐いた。  気遣うルトの仕草に、エミルの雰囲気が和らぐ。ルトのほうが泣きそうな顔をしないでと、少し元気になったエミルはルトに抱きついてきた。 「うん、それも僕知ってるよ。ルト僕のこと好きだもの。みんなの様子が聞けて、落ち着く。ルト、大好き」 「エミル……、そうだ。今は、足輪の呼び出しもないんでしょう? ずっとひとりで寝室に閉じこもるのもいいけど、少しだけ、エミルの気分がいい日があったら、みんなで中庭にでてみない?」 「庭に?」  ルトの提案にエミルがきょとんと瞳を瞬かせた。沈むばかりの、エミルの気をどうにかしたくてルトは頷く。辛い現状だから無理にとは言えないが、できることなら少しでも、活発なエミルを取り戻して欲しかった。 「でも、こんなところ……花と木ばっかりで、みんなですることなんか、なんにもないよ」 「エミルの気が晴れるなら、なにか考える」 「えぇ? ほんとう? ルトってすごい」  大きな目を丸くさせたエミルと顔を見合わせて、二人で笑った。  エミルと別れて幾日か過ぎた夜だ。寝所で寝入るルトたちが、再び魔術師に叩き起こされたのは。 「起きろ! 今すぐ寝台を出ろ! ぐずぐずするな!」  真夜中に怒声が響く。激しい叱責を受けたルトたちは飛び上がって寝台を降りた。獣人に呼ばれている最中の少年とエミルを除く、三十七人が寝台の前で一列に並ばされた。魔術師が放つ怒気が凄まじい。一気に眠気も吹っ飛ぶ。  たいてい、魔術師が後宮の寝所に飛んで来るときはいつもひとりだ。しかし今夜は三人もいる。明らかに様子がおかしかった。  何事だと、ルトたちの間で緊張が走る。ひとりの魔術師が険しい顔で前に出た。 「逃亡者だ。名はトンミ。今、私たち魔術師と王宮の精鋭兵が追っている。すぐに捕まるだろう」

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