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第八話 けだものどもの思惑
シーデリウムの帝王が住まうエスマリク宮殿は、誰が見ても美しいというだろう。
大柄な獣人が、圧迫感を忘れるほど優雅な回廊だ。ドーム型の天窓は雲を吸いこむほど大きく感じ、青空をどこまでも遠く見渡せる。建物内を歩いていることさえ忘れそうだ。
磨かれた回廊の両際にセンス良く配置した、絵画や彫刻は進む視界を楽しませる。誇らしい創作が、今にも競り合うように関心を引いた。
齢二十四にして、芸術などとは無縁なラシャドでも思わず見惚れそうになる造形だ。作品は定期的に取り換えられ、堂々と佇むのは、初めて目にする石造りだ。とはいってもやはり、美術よりも武芸を好む。
幼い頃よりやんちゃをしては生傷が絶えない肉体は、そこらの獣人よりも秀でて逞しく成長した。むろんラシャド自身も、昼夜問わず鍛錬に励み、日々の努力を惜しまない当然の成果でもある。
回廊の途中、陽光をあびる美術品に数秒だけ目を奪われたものの、すぐに興味を失くして足を進める。長年の修練が実を結び、今ではシーデリウム王宮の精鋭部隊に配属する。その実力は随一であるが、残念ながら自由を愛する性格だった。
つまり、王宮における凝り固まった規則が大の嫌いである。武芸の体技は文句なく隊長クラス。しかし型破りな性質は、まさしく孤高の一匹狼ともいえた。それゆえ、実力は隊長を超えていてもラシャドは万年、副将どまりだ。
昨夜もツエルディング後宮の魔術師から招集がかかったが、夜の街に出ていたラシャドは慌てる様子もなく自由を満喫した。そして今、王宮を警護する精鋭兵隊長に呼び出しを食らっている。
昨夜の要請を、きれいに無視したラシャドを叱責するためだ。今回の減俸はいくらばかりか。お決まりのパターンに生あくびを出しつつ、ラシャドは慣れた回廊を渡った。
複雑な構造をものともせずに移動していれば、耳になじんだ声が先を行く足を止めた。
「ラシャドか? 朝から珍しいな。ここで会うとは、陛下に用事でも?」
親しんだ声に振り返る。予想どおり豹の獣人がいた。琥珀色の髪を小奇麗にそろえ、清涼感を漂わせる。深みのある蜂蜜色の瞳と目が合うと、琥珀の豹が穏やかに眼差しを細めた。ラシャドとは一味違う、優しい風貌に整っている。
「ようグレン」
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