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あっという間に、ルトたちが守る右側の線まで缶を蹴飛ばされてしまった。
それを楽しそうに見ていたエミルが、手に持っていたもうひとつの空き缶をかんかんと軽快に叩いた。
「はい勝負ありー! 二対一、ユージンコンビの勝ちーっ」
戦いの決着を告げた鐘に、ユージンとラザが飛び跳ねて互いの手をタッチする。ルトとパーシーは、へなへなとその場に倒れた。
土の上で大の字になり、あがる息を整える。清々しい気分で汗をかいたのは久しぶりだ。大地に寝そべるルトへ、エミルが近づいてきた。
「よく走ってたねぇ」
エミルの下腹は見るからに突き出ていた。エミルが朱華殿に移って、すでに一週間あまり。獣人の子は二週間で生まれると言った魔術師の言葉どおりなら、あと一週間足らずで出産を迎えるのだろう。
核種胎が定着したら多少の無茶をしても子は流れない、とは言うが。異様に突き出た腹を抱えて走らせるわけにはいかない。審判役に徹するエミルは不満そうだったが、仕方ない。
「エミルも、久しぶりにはしゃいで疲れてない?」
「僕は平気。だって、缶を叩くだけだもの」
ぷくりとエミルが頬を膨らませたのを見てルトは内心で苦笑する。ルトの持ってきた缶をしげしげと眺めたエミルは、よほど走り回りたかったのか。ルトが缶を蹴飛ばすと、きゃあきゃあとはしゃいでいたが、それだけでは満足できなかったようだ。
悪かったなと思いつつ、唇を尖らせるエミルをなだめ今度は違う遊びを考えようと思案した。すると後ろから、変声期を終えた低めの声が響いた。
「なぁエミルのその腹、これ以上大きくなるのか?」
「ユージン」
ルトとエミルが振り返る。すぐ近くにはユージンとラザ、少し遅れてパーシーが来ていた。ぼそりと呟いた、いちばん背丈のあるユージンを見上げる。
目鼻立ちのはっきりする眉根を寄せてユージンが不愛想に立っていた。ラザに腕を引かれ、二人並んでルトたちの前へどかっと座る。
最後に来たパーシーも腰を落ち着けたのを見て、エミルは、自分の大きな腹に目線を落とした。ひどく冷たい眼差しだった。削り取ったばかりの荒んだ氷で、背筋をひと撫でされたような。
たった今、興奮に包まれた熱気が急速に奪われてしまいそうだ。ルトが見たこともない底冷えした表情で、エミルはわからないと首を振った。
「こんな子知らない。勝手にお腹にいたんだもの。お腹が動き出したら、二、三日で消えるみたい」
「ふぅん……でもエミルみたいに小さい身体で、それ以上大きく育ったらまともに産めんのか?」
「こらっ、ユージンっ。不安をあおること言うんじゃない!」
みんなが思っていても口にしない疑問をユージンが発信する。その隣で、ラザがユージンの不愛想な頭を小突いた。
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