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外灯の下でスポットライトを浴びた色とりどりの草花が、夜風に揺れている。控えめながらも凛々しい花はルトを手招きしているように見えた。思い描いた感情に逆らわず、誘われるまま、力強い花々に近寄った。
「きれいだね。君たちは、ここにいて大事にされているの?」
晴天が多いシーデリウムで、枯れることなく堂々と。自然の恵みだけではこうも瑞々しくはならないはずだ。
昨夜エミルと中庭を散策したとき、朱華殿にある花はしおれていた。父親以外の獣人が朱華殿へ寄りつかないように、後宮の庭師も孕み腹の宮殿には近寄りがたいのかもしれない。
もともとルトは草花の世話も好きだ。しおれた花を見かねてたっぷりと水をやり、枯れた花と余分な草を取り除いて、頼りない茎には添え木をした。愛情をこめて手間をかければ、いつか花々は実を結び、ルトの心を癒してくれる。
そして今、ルトの目の前で闇夜に咲く花々は、きっと王宮に仕える庭師の手で育まれているのだろう。横暴なはずの獣人に水をもらい、傷んだ一部を手入れされ、見守られ、萎んだ花がらを摘まれて。切なくなるほど美しい。
「どうして」
どうして。情のかけらもないはずの獣人が、暗闇に浮かぶほどの見事な花を咲かせられる。無力で小さな花に向ける慈愛を、せめてほんの少しでも人間に見せてくれたらいいとさえ思う。それとも獣人にとって、人間にはその価値もないか。
エミルの冷たい顔と、望まない行為を受け入れるユージンの皮肉な笑いと。それでも元気にふるまうラザの笑顔や、ルトを気遣うパーシーの心配げな顔。取るに足らない人間でも、劣悪な環境に負けない強さを秘めている。誰にも虐げられない誇らしい心がある。
ルトのなかで、それは何ものにも代えがたい人間の真価になった。美しい花に劣るとも勝らないほどの、輝きを放つほどに。
さまざまな思惑がルトの心をよぎってゆく。なぜだか無性に泣きたくなって、胸が締めつけられたみたいに苦しくなった。心臓のあたりで服を手繰り寄せ、ルトは優しい花々の前でうずくまった。
直後だ、ルトの耳に成熟した低い声が降りかかった。誰もいないはずだった、のに。
「……おいっ?」
暗闇の陰から急に獣人が飛び出してきた。わずか数秒だ。すぐ目の前にきた大きな手が、うずくまるルトに伸びてきた。ひゅうっとルトの息がつまる。怯えて目を向ければ、そこには見覚えのある獣人がいた。
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