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「花の世話ができるのか? 朱華殿で、水をやっていた」  もしかして、昨日エミルと過ごした様子も見られていたのだろうか。ごく自然に尋ねられた内容にルトは動揺を隠せなかった。ほんの少し目線を下げて、戸惑いがちに頷く。 「花は好き。きれいだから」 「人間が、花を綺麗だと思うのか」 「は?」  素直に口にすれば、思ってもみない斜め上の返答が返された。なんだそれは。この獣人はさっきから、いったい何が言いたいのだ。  話が全くかみ合わなくて唖然とする。それとも獣人は人間に感性がないと、本気で思っているのだろうか。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、ルトは反発心を露わにさせた。  獣人と向き合っているとは思えないほどの、穏やかな雰囲気に流されていたのかもしれない。  自分の意思をしっかり持つルトは、慎ましいけれど言動力がある。的外れな獣人の言葉に、思わず当たり前だと腹立たしく告げた。 「あたりまえでしょう、感情があるんだから」  綺麗なものに気をなごませて、優しいものに慰められる。五感をとおして美しいと感じ、哀しいと感じ、愛おしいと感じる。それは心があるからだ。身体のなかで心臓が跳ねる、痛む、鼓動する。それは生きる命の動き。玩具などではありはしない。 「ここの花だって、陽の光の下で、背を伸ばして生きてる。それは、きれいと言わないのですか。あなたは、きれいだと感じないのですか」  はっきり言いきれば、獣人は蜂蜜色の瞳を見開いて、ルトをじっと見つめてきた。そしてまた思案気な表情をする。ルトが初めて目にする穏やかな獣人は、ゆっくりと口を開いた。 「……そうだな、確かに、そうだ。綺麗なものだ」  何かを納得させながらルトの言葉を砕いていく。長い両腕を深く組み、指先を落ち着きなく何度も叩いた。身は動かさないが、体躯の後ろで見え隠れする細い尻尾がそわそわと揺れ動く。逡巡する琥珀の豹は、整った眉間にしわを寄せた。 「正直に言おう。俺は人間には、慈悲の心などないと思っていた。その身に邪悪なものを抱きこそすれ、君みたいに、何かに心を砕くことはしないものと」 「なにを言ってる……。信じられない。あなたは……あなたたち獣人は、いったい人間を、何だと思っているのですか。本当に、ただの、人形だとでも?」  心のない遊び道具と思っているからそんなことが言えるのか。あまりに無情な発言だった。  本当に心がないならこんなに苦しんだりしていない。むしろ心があるから苦しいのに。それが獣人にはわからないのか。

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