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 心なんて捨ててしまえと、何度思ったことだろう。でもそれはできなかった。エミルやパーシーや、ラザにユージン。それにトンミだって哀れだ。他の少年たちもいつも獣人に怯えている。  ルトは何もできないけれど彼らを見捨てる真似はできない。それにルト自身も、自分自身を捨てられないと足掻いている。  見知らぬ両親や村人や、他の誰から見捨てられても、自分だけは最後まで自分を守り抜きたいと。それなのに。 「なんで、心がないなんて、思うんですか。あなたたち獣人の目には、俺たち人間が――、人間の流す血の涙が、見えないとでもいうのですか。あんな目にあわせて……っ」  獣人は違うのか。初めてラシャドに貫かれたときの地獄絵図は、ルトの瞳に焼きついている。逃げ惑う泣き声が、身を裂かれる悲鳴が、今でも風に乗ってルトの耳に聞こえてくる。命を落としたものもある。  それでも獣人には響かないという。ただ人間というだけで、獣人は何ひとつ心を動かされないと言いたいか。だとしたら、心がないのはルトたちじゃない獣人のほうだ。血も涙もないけだものは。 「それは……」 「目を閉じて、耳を塞いで、真実を曲げて。残忍で、心を持たないのはあなたたちのほうだ」  爽やかな夜風が凪いだ。夜の静けさにルトの毅然とした声音が落ちる。優しい空気を持っていても目の前に立つのは獣人だ。それでも感情が先走って、鋭い言葉と口調がルトの口をついた。  ここで獣人を怒らせて、仕置きをされたとしても構うものか。耐えがたい拷問を受けて、トンミのように廃人になったらそこまでだ。  気が狂いそうになる。恐れではなく怒りで。まっすぐ獣人に向けた紫水の二つの眼差しさえ厳しくなったかもしれない。  身体の奥底から烈火のように吹き上げてくる感情を、誰かにぶつけたのは初めてだった。自分のうちに、これほど激しく沸き立つ感情があったことすら知らなかった。  意志の強さを瞳に乗せて、ルトは一瞬も獣人から目を放さなかった。かっと燃えそうな瞳で睨み数秒くらいたっただろうか。獣人が絡んだ視線を、初めてルトから逸らしたのは。しかし一瞬だけ瞳を伏せた獣人はすぐに、優しい蜂蜜色の瞳を尖らせてルトを見た。

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