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「人間が、それを言うのか。昔、獣人を無残に殺戮し続けたのは人間だ。俺たち獣人にとって人間は悪の塊だ。無差別に命を奪う野蛮な悪鬼、情けは無用、そう語り続けるものだ。そんなものに獣人がなぜ、慈悲をかける必要がある。実際、歴史は人間の愚かさや、どれほど卑劣なものかを記録している」 「だから何だというのですか。そしたら、あなたは目の前で誰かが溺れ死にそうになっていても、助けるなと言われたら、見殺しにするのですか。悪人だから放っておけと? その人が本当に悪人で、どんな悪さをしたのか、あなた自身はその目で見てもいないのに?」  獣人と人間の対立が、どんな歴史を刻んだのかは知らない。けれど今このとき無残に虐げられているのは人間だ。それがルトの知る事実だ。  ルトが綺麗ごとをなぞっていただけなら、目の前の獣人は怨恨をなぞっているだけだ。ただ、歴史の教えを聞くだけで、今あるルトたちの真実を見ようともしていない。操り人形はどちら。  獣人の言葉を遮って、ルトはさらに言い返そうと、噛みしめた唇を開いた。けれども、ふと獣人が瞳を揺らす。ためらうように開け閉めした口で、息を吐いた獣人のほうが早かった。 「……だが……、君みたいな子は、初めてだったから。だから気になったのかもしれない。今までツエルディング後宮にやって来た人間は、みなが陰鬱だった。獣人にはっきり意見を言う人間もいなければ、自分から行動を起こさない人間ばかりで」 「あたりまえだ」  横暴な物言いを振り切ろうとルトは今度こそ吐き捨てた。過酷な環境で、明るさなど抱けるはずがない。  一日三度まともな食事を差し出されても、ルトの喉が食べ物を通さないこともある。心はとうに疲れ果てて、一度でも足を止めたら、二度と立ち上がれないとさえ思う。  恐怖ばかりを植えつけられて、なお、踏ん張りながら笑いあえるルトたちを、異常者のように見てくる少年だっていた。 「みんな、獣人が怖いから逆らえないだけです。本当は、明るくて、活発で……。人間は最初から、心を閉ざしているわけじゃない。あなたたち獣人が、みんなの心を潰してるんだ」

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