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自分の好きなものを密かに褒められた気分になって、ルトは少しだけこそばゆさを覚える。優しい雰囲気を持つ獣人に、どう反応していいのかわからなくなって俯いた。穏やかな風がなびき、獣人の静穏な声が届いた。
「もう夜も更けた。寝間へ戻れ。今夜は君と話ができて、よかったと、思う――ルト」
優しく名を呼ばれた瞬間、ルトは弾かれたように伏せた顔を上げた。穏やかな獣人の声に、明らかな慈しみが混じっていたからだ。人間に情けは無用と、慈悲などいらないと言っていたのにどうしてそんな顔をするの。
凛々しく咲く花に見惚れながら、ほんの少しでも慈愛を見せてくれたらいいと思った。だがこうして温情を見せられれば、ルトの心は戸惑うばかり。動揺に瞳を揺らし、ざわめく胸元をきゅっと握る。
立ち尽くしたまま動けないでいたら先に獣人が動いた。棒立ちになるルトに背を向けて、琥珀の豹が去ってゆく。ルトは咄嗟に、遠ざかる背に声を荒げた。
「待ってっ、名前は……あなたの名前は?」
足を止めた獣人が、見るからに驚いた顔つきでルトを振り返る。そして、ふわりと頬を緩めた。
「グレンだ。グレン・マトス」
獣人はそう言い残し再びルトに背を向けて立ち去った。ルトは、大きな背中が闇夜に溶けて、消えるまで動けずにいた。
グレンの名を心に刻みながらようやく寝所へ歩き出す。動いた拍子にルトの足環が、外灯に照らされて光沢を放った。
いつの間にか細い左足首には、今宵の闇を映した漆黒の宝石が、輝いていたとは気づかずに。
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