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第十一話 自覚の芽吹き

 皇帝の執務殿でグレンは手早く書類の山を整理していた。手際よく作業を進め、数枚にまとめられた書類で止まる。最初の一枚目で要点だけ把握して、帝王の椅子に腰をかける、金色の獅子に目を向けた。 「陛下。ラシャドを召してください」  皇帝の長机には何十束もの書類が山積みになっていてる。流れ作業で、グレンが取り分けた重要書類から順に、皇帝がひたすら決裁する事務処理が何時間も続いていた。  書類にひとつずつ目をとおす皇帝の綺麗な眉根には、深いしわが刻まれる。可決、不可、可、可、不可、可、不可……、ひたすら同じ玉璽を押す動作に飽き飽きしているのだと、考えなくてもわかった。  ときおり上奏に指示を書き記すため、すらりとした指がペンを握る。皇帝のペンが置かれたのを見てグレンは口を開いた。たった今手にした書類は、皇帝の気分転換になるだろう。  黙々と作業が進むなかで、迷いなく告げた内容に、皇帝は玉璽を握った手を止めた。目鼻立ちのくっきりする美丈夫な顔がグレンを捉える。見事な金色の髪が、きらきらと輝いた。  朝日はとうに沈み、大きな窓からは夕陽が射しこめて、輝く金色の髪を赤みがかった金茶色に染めていた。 「ラシャドを? ここにか」 「はい」  皇帝の疑問にすかさず頷く。目にした数枚の書類を掲げ、グレンは口元をほころばせた。 「どうやら、ラシャドの通いつめた努力が実を結んだようですよ。孕み腹がラシャドの子を宿したと」 「ほぅ」  簡単に把握した書類の要点のみを伝える。グレンの説明を受けて、皇帝はふんと鼻を鳴らした。 「よもやあいつが、低劣な孕み腹なんぞに通いつめるとはな。だが、子ができたなら宮殿を与えねばならんか」 「ええ。あの調子だと、すぐに飛んできそうです」 「気が知れんな」  グレンのからかいまじりの会話を、皇帝が見下すように受け流した。  シーデリウムの頂点に立つ、帝王の伽を務めるものは引く手あまただ。数少ない雌の獣人も、皇帝陛下と聞けば喜々として我が身を差し出す。  実際、皇帝が渡る後宮には雌の獣人もある。現在若き帝王に皇后はいないが、幾人もの側室なら皇太子の頃から抱えている。ツエルディング後宮とはまるで違う、一般の獣人どころか、臣下でさえ気軽に出入りできない厳重な皇居に。

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