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「申しつける。ラシャド・ロウゼ。そなたの孕み腹には紫苑殿を授ける。子を産ませるまで、そなたには紫苑殿への訪れを許す」 「精鋭兵がラシャド・ロウゼ。拝命をお受けする」  言い渡されたラシャドは両膝をつき、敬礼を深める。大柄な体躯を忘れさせるほど優美な曲線を描いた。幼い頃より見慣れたグレンでさえ見惚れそうな、不敵な笑みだ。ラシャドの完璧な拝礼を見届けて、場はお開きとなった。  書記官が皇帝に忠をとり控えの間に戻る。続いて、ラシャドも執務殿を出ようとした。それぞれが動き出したところで、冷静さを幾分か取り戻したグレンが黒い背を呼び止めた。 「待ってくれ、ラシャド……もしかして君の孕み腹は」 「なんだ」  先を急ぐラシャドが怪訝にグレンを見返してくる。漆黒の刺すような強い視線に、グレンはひきつる声を出した。 「君の、孕み腹は――紫水の瞳の……」  人間にしては珍しい色合いの、ルトの特徴を伝える。それは提出された書類には示されない、孕み腹の外貌だった。  この場にいるラシャドも、皇帝も、当人を知る獣人たちも。グレンは色事に淡白だと評している。当然孕み腹なんぞに興味はないと。  実際そうだ、そうだった。これまで他人どころか、自身の性欲にさえ気にもならなかった。ましてや孕み腹などと。だが。  ルトの存在を知ってからまだ数日しかたっていない。けれど直に言葉を交わし、グレンは儚い存在に急速に惹かれるのを自覚したのだ。  ルトをもっと知りたいとさえ思える。自分を見つめる、綺麗な半透明な紫水の瞳に、怯えや怒り以外の感情を映してみたいと。他の少年に向けるような、満面の笑みで見つめられたら。  知る由もないルトの特徴を言い当てたことで、ラシャドは目を見張って、大きな体躯ごとグレンに向き合ってきた。 「なんでお前がそれを知ってんだ? あいつに会ったのか?」  ついこのあいだ冗談で交わしたグレンの態度を、ラシャドも本気と捉えていなかっただろう。グレンはからかっていただけで、本当にルトを見つける気は欠片もないと。だが思わぬ形でグレンは見つけてしまった。  ラシャドはルトに執着している。自覚はないのだろうが、ルトの話をしている彼は、まるで恋焦がれるような面持ちにさえ見えた。少なくともグレンの目には。本人に言えば、馬鹿なと、笑い飛ばすだろうが。

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