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瞠目したラシャドと瞳がかち合った瞬間、グレンの首筋にじとりと冷たい汗が流れた。堪らず口元を押さえて、叫び出したい衝動を抑える。
相手はただの孕み腹だ。そのはずだ。なのになぜこんなことが起こった。グレンたち獣人が、人間などを。しかも同じ相手とは。ルトに惹かれている自覚があったぶんだけグレンの動揺は大きくなった。
「いや……俺は、会っていない。他の獣人が、珍しい瞳の孕み腹がいると、言っていたから。その名が、ルトだったような気がしてな」
ほんの少し怪訝に眉を寄せたラシャドに、グレンはぎこちない笑みを浮かべる。反射的に偽りを言ってしまった、ラシャドはおそらく信じるだろう。
「たしかに、あいつの目の色は人間ではそう見かけねぇな……。目立っちまうか」
ルトに会ったこと、そして、またルトに会いたいと思う心。それらを今、ラシャドに知られたくないと、グレンの直感が警告する。
普段のグレンなら、どんなときでも皇帝をいちばんに気にかけていた。しかしこのときはそれができなかった。いつもどおりであれば、気づいたはずなのだ。
ラシャドとグレン、旧友である二人の会話、表情、仕草。それらすべてを静かに観察していた皇帝が、金色に輝く鋭い双眸を細めたことに。
***
人間は気づいていないが、身体能力が高い獣人は夜目が利くものが多い。紫苑殿を与えられ、ほどなくして辺りはすっかり夜になった。明かりのない暗い庭園を、ラシャドも例にもれず難なく進む。
夕刻に勅命を受けた時点で、ルトは紫苑殿に移されただろう。すでに今日は一度抱いている。子種を特定するために、朝方アトラプルム館に呼び出されたのだ。ルトは魔術師から査察を受けたあとで、そこで交尾を迫られた。
偽子宮に定着した種の遺伝子で、子種の獣人族を特定する。着床するまでニ、三日ほど。断定した期間に孕み腹を使った獣人族を探り、いちばん多く交わった相手から父親の的を絞る。
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