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膝を貸せ、とはどういう意味だ。そもそもラシャドは今日、皇帝が住まうエスマリク宮殿の警護にあたっていたはずだ。昨夜、皇帝の親族がどうのとか言っていた。数日行動を共にしただけだが、何となくラシャドの任務がわかってきた。
ラシャドはきっと、皇族や招いた要人を護衛したり、高位の獣人が住まう宮殿を警護したりしている。ルトを点検しに訪れる魔術師や、飛報石から察した内容だが十中八九あたっているだろう。
ラシャドも任務に呼ばれれば職務を優先し、仕事中は紫苑殿には姿を見せない。そのため獣人の呼び出しがないルトは、ひとりの時間が多くなった、のに。
「くそだりぃ。ちょっと寝かせろ。十分たったら起こせ」
言いながら、チェーンがついた銅色の懐中時計を首から外すと、ルトに手渡してきた。壁にもたれ、足を伸ばすルトの膝の上に黒い頭を乗せてくる。片手に本、片手に時計、膝にラシャドの態勢で、ルトは固まってしまった。ラシャドはよほど眠たかったのか、徐々にすぅすぅと寝息を立てた。
寝たふりをしているのかと、閉じた瞼の上で何回か腕を振る。けれど安らかな寝息は変わらない。やはり、寝てしまったのか。そんなに疲れていたのか。
少しでも身動きしたら起こしてしまいそう。ルトは音を立てないように、本をそっと床に置く。手の置き場所に困って、膝に広がる漆黒の毛先を摘まんだ。初めて触れた黒髪は意外にも手触りが良くて、ついさらさらと梳いてしまう。それでもラシャドは起きないようだ。
自分の家に帰る暇もないほど、忙しいのだろうか。紫苑殿に来てからラシャドはずっと、ルトの傍で寝泊まりしていた。昨夜も遅く紫苑殿に来てルトを抱いて眠った。すでに何度か子種を注いでいたにも関わらず。
エミルがいる朱華殿では、獣人は子種を注ぐためだけに通ってきていたはずだ。だがラシャドは違った。行為が終わればルトを腕に抱いて寝起きし、職務がなければ紫苑殿に入り浸る。もしかしたら彼は、紫苑殿が我が家だと勘違いしているのかもしれない。
ラシャドの寝顔を眺めながら、ルトはため息を噛み殺した。こうして見ると、改めて端正な顔が浮き彫りになる。意思の強い眼光で普段は気にならないが、黒い睫毛の長さに内心驚く。鼻梁の高さや、唇の整った形にも。
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