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 ラシャドは今度こそ言い切って、ルトを鋭く見る。有無を言わさぬ威圧感を剥き出しにして。どこまでも自分本位な言い草だ。けれどラシャドが放つ雰囲気だけで、押しつぶされてしまいそう。久しぶりに息が苦しくなる感覚に、ルトは身を竦ませた。  恐怖で支配されたルトを前にラシャドがちっと吐き捨てる。端正な顔が苦い表情を作り、絡み合う視線が逸らされた。  あっという間に空気が緩やかになる。威圧的な雰囲気は消え、かわりに落ちついた声が届いた。 「紫苑殿を出る以外なら、何でも聞いてやる。欲しいものがあれば言え、買ってきてやる」 「俺、欲しいものなんて……」  何もない、そう続けようとして、ルトはふと言葉を濁した。どうやっても紫苑殿から出られないなら、せめて沈むばかりの気分をどうにかしたい。  草花の世話や読書は好きだが、身体をほとんど動かさないから、余計なことまで考えてしまう。  いつ気まぐれにラシャドがやってくるか、この身を暴かれるのか。それを思うと、じっとなんてしていられない気分になる。 「掃除……」 「は?」 「紫苑殿の、掃除がしたい」 「はぁ?」  ラシャドが片眉をあげ、口をぽかんと開けて整った顔を盛大に崩す。もとの造形がいいので格好良さはそのままだが、いつも澄ました顔がここまで崩れるのも珍しい。ルト自身、深く考えて言ったのではなかったが、そんなに変な頼みだろうか。  ただ子種を注がれるためだけに紫苑殿に閉じこもるなら、ルトができる範囲で、自分の役割が欲しいと思っただけだ。ちょうど各部屋には使われていない掃除道具がある。それをひとつ使わせてもらえれば、それでいいと思った。 「ここにずっといるなら、何かすることが欲しいです。ただ、あなたに抱かれる、のを、待って過ごすのだけは嫌だ」  エミルにも会えず、パーシーたちとも手をとりあえず。ラシャドに抱かれるためだけに存在するのは嫌だ。ルトはラシャドに囲われる愛妾ではない。屋敷で働く小間使いみたいに扱われるほうが、よほど気が楽だった。  声にしない拒絶が伝わったのか、視線をわずかに下へ向けたラシャドが口元を歪める。かすかな、自嘲の笑みに似ていた。 「わかった。紫苑殿付きの魔術師には伝えておく。他にはあるか」  ラシャドらしくない穏やかな声音だ。ルトは慎重に口を開いた。

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