145 / 367
13-(8)
「俺とラシャドは小さいころからの腐れ縁だ。あいつは護衛、俺は皇帝を補佐する役目。今日は、君を連れてくるとあらかじめ聞いていた。ラシャドは陛下の警護で動けなかったが、すぐにでも飛んで来たそうだったよ」
ルトがいなくなったと聞いたラシャドは大層慌てて、皇帝などそっちのけでルトを探しに行きそうなほどだったらしい。
切羽詰まるラシャドの想いを理解しない皇帝は、くだらないと言い捨てて怒っていない様子だったが、さすがに他の精鋭兵に止められて断念したようだ。
「そんなわけ、ないです。あの人が……ラシャドが、俺の心配なんてするわけないです」
「……ラシャドが、嫌で逃げ出したのか」
軽くうつむいたルトに、静かな問いがかけられる。ルトは黙って否定した。ラシャドに対して特別な感情は持っていない。
ルトにとってラシャドは腹の子の父親だ、それだけだ。決して望んだ子ではないけれど、自分のなかで新たな生命が宿っているなら大事に育てて、守ってあげたい。憎んでも嫌っても、ルトには罪のない子を殺すことなどできないのだから。
何より、ラシャドは先ほどの獣人たちのようにルトに乱暴はしない。むしろ最近はルトを気にかけていると思わせるほど穏やかだ。ラシャドの意図はどうであれ、下手に反抗して、今の関係を崩したくなかった。
項垂れながら首を振ったルトの頭をグレンがそっと撫でてくる。
「ではなぜ逃げた。逃げた孕み腹がどうなるか、君は知っているはずだ」
「俺……」
どこまで話せばいいのだろう。ルトの癒しの力を言えば、ルトには魔術師の血が流れているのは確定だ。ルトは人間のヌプンタ国に捨てられた孤児だった。癒しの力が核種胎に作用することを知らなかった。エミルは死ぬはずだった、けれど、ルトのお節介で生き延びた。
弟のように守りたかった少年は、子を孕み、産み落とした今もなお生き地獄の中にいる。
癒やしの力など使わなければよかった。いいや、そもそも、誰にも望まれない存在なんて、人間にあるはずない必要とされない力なんて。もとからなければよかったのだ。
そうすればエミルは何も知らずに、ただ幸せな深い眠りにつけただろう。あれほど暖かかったエミルの心に、凍るような冷たい影を落とさずにすんだ。
ともだちにシェアしよう!