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 自信も自尊心も消えうせて、何もかも、自分の存在が悪いように思えてくる。ルトは顔をうつむかせ、グレンの羽織りをぎゅっと握った。 「エミルが……」 「エミル? 朱華殿の孕み腹か」 「俺の力のせいで、エミルが、苦しんだんです。俺、知らなかった……癒しの力がこんなことになるなんて。エミルに合わす顔がなくて、気づいたら、逃げてました」  考えがまとまらないまま、ごめんなさい、と小さくうつむく。突拍子のない内容でもグレンは冷静に問いかけてきた。 「癒しの力とは何のことだ?」 「俺に流れる、魔術師の、力だって言われました。俺は、ヌプンタに捨てられた孤児だったから。それで俺はここに来ました、いらない俺でも、役に立つならって。なのに……」  ただ守りたかった、だけなのに。村への恩返しのつもりでシーデリウムに来た。それなのに、ルトの力のせいでエミルを傷つけた。 「俺はやっぱり、どこにいてもいらない存在だったのかもしれません。エミルに可哀そうなことを……余計なことを、しました」  憔悴したルトの背に遠慮がちな腕が伸ばされ、うつむく頭をグレンに抱きよせられる。蜂蜜色の瞳が、ルトを静かに見つめてきた。 「俺は……はっきり言うと、俺は人間が奴隷になったのは、因果応報だと考えている。君は否定するだろうが、今も、そう思っている。獣人を虐げた結果だと。だが、君の周りにいた人間は明るい顔で……それまで俺は人間を知らなかった、いや知ろうとも思わなかった。君に会って、俺は初めて、人間を……君を、知りたいと思えた。それは、君と出会えたから」  ルトが弾かれたように顔を上げた。目の先には真摯なグレンの眼差しがある。ルトはなぜか泣きたくなって、せっかく上げた顔を伏せた。  何の役にも立たないけれど、ルトの存在も許された気がする。相手は憎い獣人なのに、ルトの事情なんて何も知らないはずなのに。ろくに説明もしないルトの心など、グレンにわかるはずない。それなのにどうして、欲しい言葉を言ってくれる。 「つまり、何が言いたいかというと……、君はいらない存在ではなくて、朱華殿の子も、自らの時間を削ってまで会いに来てくれるルトがいたから、笑顔を絶やさずにいられたんだと思う」  グレンはそう言ってしばらく口をつぐみ、何かを考える素振りをする。迷いを消し去る顔つきで、口を開いた。 「君は孤児で、いらない存在だったからこの国へ来たと言ったが、それは間違っていると思う」

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