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「なんでですか」  間違ってなどいない。村のみんなには大切な家族があった。ひとりぼっちのルトを育ててくれた優しい人たちだ、ルトは正しい道を選んだ。どうしてそんなことを言う。  ルトは目線だけで先を促す。グレンはルトから目を逸らさずに、はっきりと言い切った。 「俺は人間がどうなろうと気にはしない。だが、君の存在だけは……俺にとっては特別のようだ。君がいらない存在だとは、思えない」  人間は卑しいものだ。だがルトと会って人間の慈悲深さに触れた。咲くだけの花を慈しむ小さな姿は、グレンの心に淡い炎を灯した。 「俺の目の前に現れてくれた人間が、君で良かったと俺は思う。獣人の俺が言えた義理ではないが……ルトにとっては、耐えがたい選択だった、かもしれないが……」  それでもルトがここにいなければ、グレンはずっと人間を誤解していた。皇帝に付き従い、呪いともいえる因果に囚われたまま。目を曇らせたまま、本質を知ろうとしなかった。 「ルトがここにいてくれて、少なくとも俺は感謝しているよ」  どこにいても己を見失わないルトは、誰よりも輝いて見える。そう言ったグレンは困った笑みを浮かべ、ルトの頬に指を滑らせてきた。 「あ……」  頬を伝う何かを拭われた感触がして、ルトは、いつの間にか自分が涙をこぼしているのだと気づく。一度自覚したらもう止めることなんてできなかった。  ツエルディング後宮にきてからずっと張りつめていた。緊張の糸がぷつんと途切れたように、ルトの頬に幾筋もの涙が伝う。よりにもよって、本当に、どうして。ルトを苦しめるグレンが……獣人が、そんなことを言う。  本当は心のどこかでずっと誰かに言ってほしかったのだ。ルトも大切な存在だと。ルトだって、ちゃんと生きてる。  ひとりぼっちは寂しいし、安い命なんかじゃないし、ときには優しい温もりに包まれたい。自分で歩けないほど身体や心が疲れ果てたときは、誰かにうんと甘えて、大丈夫だと守ってほしい。  子が親の情を求めるように、ただ純粋に、安らかな腕に包まれていたい。 「う…っ、うぅ……っ」  泣き続けるルトを、グレンはぐっと胸に抱いた。 「すまない、ルト。君にとったら、俺こそが……いないほうが、いいのだろうな……。俺は、獣人で、君は人間で。俺は人間の君に何も、できなくて。俺たち獣人は君を…、君の大切な人間を、苦しめている。それなのに俺は」

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