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 困惑する思考を整えるような口ぶりでグレンが言う。戸惑いの音を刻むグレンの胸に、ルトはぐちゃぐちゃになった泣き顔をうずめた。そうしていればグレンのなかで、新たな葛藤が渦を巻きだしているのを感じられる。幾多にも枝分かれした迷い道を、グレンも悩みながら進んでいるのだと。  戸惑う吐息を耳元で呟かれ、ルトは熱い胸のなかで首を振り続ける。しゃくりあがる息を、大きく吸いこんだ。 「いいえ。あなたは、今、俺の心を癒してくれました」  グレンが獣人なのは初めからわかっている。帝王に仕える臣下とはいえ国王ではない。シーデリウムの皇帝への貢ぎものを、許可なくどうこうできる権限はないのだろう。どうにかしたいのに、どうにもならない状況があることはルトも嫌というほど知った。  できないことをして欲しいなんて望まない。ただ、無力な声を聞いてほしかった。踏ん張る心を受け止めてほしかった。それだけでよかったのだ。ただそれだけで、ルトの心は軽くなれた。  ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いたルトは、グレンの胸元から顔を上げる。そこには眉根を寄せるグレンの顔があった。小さく鼻を鳴らしたルトは、自らグレンの手を握る。そして癒しの力をこめた。目の前の蜂蜜色の瞳が、微かに見開かれる。 「これは」 「俺の力です。魔術師の力だって聞きました。きっと魔術師の血が、俺の身体には流れています」  両親ともか、片親だけかはわからないけれど。ルトだけ異様な存在になった気がして、シャド村でも癒しの力は限られた村人しか知らなかった。癒しの力のことを言うと、村長たちもあまりいい顔はしなかったから。自然にルトは、自分の力を隠すようになった。  誰にも明かさないルトだけの秘密だ。シーデリウムで初めて明かすルトの秘密が、獣人になるとは思わなかった。人間を悪と言い切り、残酷な現状をあっさり受け止める獣人に。わかっている。だがそんなグレンだからだ。  人間だからと無下に扱わず、嘘も偽りもなく。ありのままの姿で、ルトの前にいてくれる。そしてルトの存在と向き合おうとしてくれている。  そんな、獣人のグレンだから。ルトの存在が大事だと、初めて言ってくれたグレンには、ルトのことも知ってほしい。そんな感情を持ったのは初めてだった。  グレンが驚いた表情をする。しかしすぐに、ルトの手をぐっと握り返してきた。癒しの力が流れるありのままのルトの手を。

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