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第十四話 嫉妬と愛着

 グレンに連れられたルトは、連行される形で宮殿に戻った。紫苑殿を掲げた門柱をくぐる手前で、ルトの前を歩くグレンは足を止めた。 「ここまでくれば、他の獣人に目を付けられないだろう。ラシャドもそろそろ戻ってくる。連絡を入れたから、すぐに飛んでくると思う」  ルトを振り返ったグレンに殿内で待つように促される。ルトは小さく頷いてグレンを見上げた。ルトを見下ろす蜂蜜色の瞳が、傾く夕陽を浴びて色濃く映る。  獣人たちから守ってくれただけでなく、逃げ出したルトが処罰されないように口裏を合わせてくれた。礼を伝えようと、薄い口を開けたとき、グレンの丸い豹耳がぴくぴくと動いた。視線を交わす深い瞳がはずされ、高い視線はルトの背後を越して遠い一点を見つめる。  何事かとグレンの目線を追う。振り返れば、黒い人影が猛スピードで紫苑殿に駆けてきた。黒い影がものの数秒で形になって、ルトたちの目の前に到着する。この人はいつから弾丸になったのかと勘違いしそうだった。あまりの速さに絶句したルトを、息を切らしたラシャドは落ち着きなく見てきた。  グレンの言うとおり皇帝の護衛を終え、すぐさま飛んできたらしい。肩をすくめたグレンを、漆黒の瞳が睨みつけた。 「なんだその服は」  朱華殿を飛び出したルトが獣人に襲われたのを、ラシャドは瞬時に察したようだ。背丈にあわない羽織り姿を見て、黒い尻尾を逆立てる。端正な顔つきを険しくさせてグレンに詰め寄った。 「どういうことだ」  地を這うほどの低い声だ。対峙していないルトにまで、ラシャドの怒気がびりびりと振動する。身に刺さる迫力に息を詰め、思わずグレンの陰へ隠れた。  ルトを自身の後ろにかばったグレンに、ラシャドの表情が険しさを増す。相対するグレンの襟元を力任せにぐいと掴みあげて、もう一度低い声が至近距離で問うた。 「こいつに手をだしたのはどこのどいつだ、グレン」 「落ちつけ。相手まではわからない。だが、それがわかったところでどうする。お前のテリトリーの紫苑殿ならまだしも、ツエルディング後宮の敷地内で起こったことだ。騒いで事を荒立てるな。ルトにまで害が及ぶ」  たかが繁殖用の孕み腹が襲われたというだけだ。獣人たちは、後宮でうろつく孕み腹を使おうとしただけにすぎない。皇帝の精鋭兵と国中の使い腹。問題を起こしてどちらが罰せられるかは、言わずとも知れている。

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