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朱華殿の出産を目の当たりにして、動揺して勢いで飛び出してしまった。逃げる気はなく落ち着けば戻るつもりだった、そうグレンが証言した。子を宿す身でもありルトは拷問を免れた。ここでラシャドが騒ぎ、蒸し返せば、ルトには再び厳しい目がいくだろう。
グレンの言い分に舌打ちしたラシャドが幾分か怒りを収める。不本意にも、納得したかと思われた。だが、がっちり掴み上げるグレンの襟元からは手を離さない。
どうやら他の事柄にも、ひっかかったらしい。グレンを間近で睨み、黒い眉を不愉快にゆがめた。
「――『ルト』? 何でお前がこいつの名を呼んでるんだ、グレン」
「それは……」
「ずいぶんと親し気に呼ぶじゃねぇか。この間は知らねぇって言いながら、いったいいつからお前、孕み腹に興味が出たんだ?」
凄みをきかせ今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。グレンの後ろに庇われたルトは、小さい身を固くする。殺気立つ空気に、無意識にグレンの背中をきゅっと掴んだ。
グレンはルトの様子に気づいたのだろう。ちらと背後のルトを流し見た。心配ないと、蜂蜜色の瞳が訴えてくる。
硬直する頬を緩めたルトの安堵が伝わったのか、ラシャドを取り巻く燃えるような空気が、ひやりと冷たくなった。グレンを間に挟み、ルトだけを見る漆黒の瞳が怜悧に細まる。
「おいてめぇ。誰に懐いてんだ、お前を孕ませたのは俺だろうがよ」
「よせよ。殺気を抑えろ、ルトが怯えている」
「はッ、てめぇら。俺に隠れて乳繰り合ってでもいたのか。随分と親密じゃねぇか、あぁグレン?」
ラシャドがさらに詰めよって、グレンの襟首を締め上げるのが見えた。揺らされたグレンが息苦しそうに小さく呻く。
「そうじゃない。お前をだましたのは悪かった。事実を、言えなくて……。俺たちはたまたま出会って、少し話をしただけだ。お前が考えている意味で、俺はルトに触れていない……、一度も」
首元を掴まれているからか、グレンの言葉はひどく苦し気に響いた。ルトの胸まで掴まれているような、そんな気がした。どうしてか胸が痛んで、ルトも密かに息を乱す。
ラシャドは腕を振り落とすように、グレンの首元から乱雑に手を離した。グレンの言い訳に納得しかねるという様子で。
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