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「それならいい。お前がどこの誰だろうが、どんな力があろうが。傍にいろ」
「え……」
「それから『あなた』じゃない。ラシャドって呼べ。お前、グレンにはえらく懐いてたが。そっちの釈明がまだ終わってねぇから」
「えっ」
端正な腹黒い笑みを間近にしたルトが困惑の声を出す。結局その後も、グレンとの関係を根掘り葉掘り聞きだされ、ルトは終わらない責め苦に見舞われるのだった。
***
ルトが家事をしたいと言ったのをラシャドは覚えていてくれたようだ。許可を得たルトは、新しい道具を気兼ねなく使わせてもらっている。
手にする道具は見るからに新品だ。聞けば普段は宮殿付きの魔術師が、術で掃除を終わらせるとか。孕み腹の宮殿では掃除や調理はほぼ行われず、几帳面な獣人や突然の入用にだけ備え付けの道具を使う。
あまり聞きたくなかったが、ツエルディング後宮の孕み部屋も、魔術師が交代で担当し、ぐちゃぐちゃに汚れた寝具を清潔にしているらしい。
今日は目覚めてからラシャドを送り出し、今は箒と雑巾を手に、宮殿内を忙しなく走っている。すでに朝早く中庭の草花には水をあげた。紫苑殿は広すぎるが、時間を持て余したルトにはちょうどよかったかもしれない。
緩やかな曲線を描く階段の手すりを雑巾がけしていたら、玄関の扉がドンドンと叩かれた。
「はいっ」
慌てて雑巾を放り出して手をすすぎ、玄関に向かう。しかし間に合わず、扉を開ける手前で待ちきれなかった相手が、外から勢いよく扉を蹴りつけた。
もう一度返事をしながら重厚な扉を開ける。いらいらと玄関口に立つのは、紫苑殿の給仕係を担当する獣人だった。
「食材! さっさと受け取れよ。遅いんだよ」
垂れ耳のウサギ族だ。小柄な体格で少し目つきが悪く、見た目は横柄そう見える。ルトが孕み腹だからかもしれないが、こうして顔を合わせれば鬱陶しそうに対応される。
それでも襲いかかられないだけましだ。小動物の獣人とは言え、やはり人間のルトよりも一回り以上大きい。
「ありがとう」
台車で届いた食材をどっさりもらう。ふんっと垂れ耳ウサギが帰っていくのを見送った。小さくなる姿に口元を緩め、玄関の扉を閉めて、大きな箱ごと渡された食材を覗く。
品質のいい野菜と、厚い肉と、果物と。今晩のメニューを思案しながら、夕食の準備に取り掛かった。
紫苑殿でルトが炊事を始めたとき、先ほどのウサギ族は、ひとり分だけ作る手間が省けて喜んだとラシャドは言った。仕事を奪ったかと危惧していたけれど、それを聞いて安心した。のだが。誤算が起きた。
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