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 スープを混ぜていたら、頃合いを計ったように玄関が開閉する気配がする。宮殿内を忘れさせるくらい高い吹き抜けのホールを過ぎて、豪華な居間にラシャドが顔を出した。あんなに大きい体躯なのに、足音がしないから不思議だった。 「おかえりなさい」 「いい匂いだな」  端正な顔でくんくんと鼻を鳴らし、ふさふさの黒い尻尾を大きく揺らしている。堅苦しい軍服を乱雑に脱ぎ捨てて、前開きのシャツを胸元まで開いた。楽な格好になるなり、スープを混ぜるルトのすぐ後ろに移動してくる。  剥き出しの白い首筋に高い鼻先を寄せてきて、接近した背後からくんと匂いを嗅がれ、丸襟を引っ張られた。 「お前。また風呂に入ったな。入らなくていいっつってんだろ」  案の定、先に入浴を済ませたのを責められた。でももう手遅れだ。ついさっき、身体の隅々まで洗ってやった。  今夜も性交するのに、湯浴みを嫌がる理由がルトにはまったくわからない。身体中を舐めまわすこともあるのに。先に入っていて良かったと思いつつ、深く巻きついてくる太い腕を制した。 「ちょっと……まだ途中だよ、放して」 「んー、いいいだろ、少しくらい。お前の匂いが薄いんだよ」 「危ないよ、あともう少しででき上がるから、お湯でも浴びてきて」  意味がわからないことを言われ、高い鼻先をずらしうなじに唇を寄せられた。強まる拘束に、小さく身体を動かして抵抗を見せる。ラシャドは肩をすくめ、了解と片手をあげて風呂場に消えていった。  機嫌がいい後ろ姿に溜息を吐きながら、調理台の下にある小窓を少しだけ開く。魔術で熱を遮断する小窓は素手で触っても熱くない。赤々と燃える薪に、消火煙を吹きこんだ。  竹筒を思わせる道具に灰色の粉を装填し、ふっと息を吹きかける。もくもくと舞い上がった煙で火を消した。  脱ぎ捨てられた軍服を片付けて、ご飯をよそう。高級感が漂う食卓に、作り立てのおかずを次々と並べた。  そうこうしていれば、洗いざらしの頭をがしがしと拭いてラシャドが戻ってくる。まだ水滴が浮かんでいるのにカラス並みの早さだ。濡れ髪は気にならないのか一目散に豪華な食卓を挟み、二人で腰を掛けた。 「いただきます」 「イタダキマス」  ルトが教えた人間の習慣をラシャドが復唱する。獣人は食事の際に、手を合わせる習性がないらしい。  食卓に並ぶおかずを、味見と言っては大口でかぶりつく。「これは美味い」「あれは草だ」と、瞬く間に器が空になっていく。多めに用意したおかずは無限の胃袋に収まった。 「ごちそうさまでした」 「ゴチソウサマ」  やはりルトが教えた言葉を復唱する。古風な背椅子をぎしりと鳴らして、ラシャドは腹を撫でていた。無表情だが、椅子からはみでた黒い尻尾がぶんぶんと揺れている。 「満腹だ」 「そりゃ、あれだけ食べればね……」

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