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山盛りだった器にはご飯粒ひとつ残ってない。豪快な食べっぷりにはいつ見ても呆然とする。後片付けを済ませ、ついでに薬草を煎じた。
紫苑殿の中庭で見つけて乾燥させたものだ。すっきりした香りが微かに漂い、口に含めば穏やかな気分にさせてくれる。消化に良く珍しい薬草で、ラシャドも口に合うらしい。
すでにラシャドは豪華な食卓から、横長のソファーに移っている。ソファーの前にある、小さめの卓上に薬茶を並べ、ようやくルトも腰を落ち着けた。
ソファーの隅っこで、遠慮気味にちょこんと座る。それを確認したラシャドは体勢を崩し、ルトの横に寝そべった。小さく身を置く膝の上に、黒い頭を乗せてくる。最初はおっかなびっくりだった膝枕だが、毎日されたら慣れてしまった。
貧相な膝枕なんていつ見ても居心地悪そう。けれどラシャドはその態勢で、書室の本を片手にくつろぐのだ。
なんだか、人に懐かない獰猛な肉食獣を、餌付けして手懐けた気分だ。大人しくしていれば、ラシャドがパタンと本を閉じた。
寝るのだろうかと膝上に視線を落とす。すると逞しい片腕がルトの腰を抱きよせてきた。そのまま下腹部に、端正な顔を埋められる。ルトの下腹部は見るからに膨らんでいた。
いつもはしない行動に、どうしたのかと訝しんでラシャドを見下ろす。
「なに……?」
「――なぁお前。この次は、獣人じゃなくて人間の子を産めよ」
「人間の子?」
くぐもった声に思わずルトは聞き返した。人間が忌み嫌われるこの国で、獣人が人の子を望むなんて。聞き間違いに決まっている、あり得ないことだ。
以前に魔術師も言っていた。可能性が数パーセントしかない人の子が生まれれば、その子は堕胎か娼館に売られるかだと。
ラシャドは何を言っているのだ。ツエルディング後宮にいる限り、力を持たないならば諦めるしかないと覚悟した、だが。ルトが生む子は全員獣人であればいい。ルトは絶対に嫌だと首を振った。
「嫌です、人間の子どもだけは。だいたいなんで人の子が欲しいなんて」
シーデリウムで、ましてやラシャドのように王宮勤めで。繁殖用の孕み腹を飼う立場なら、なおさら人間の子の対処に困りそうだと思う。それとも自分の子もツエルディング後宮に放りこむつもりか。
どこまでも人間を道具みたいに扱うラシャドが腹立たしい。口調は厳しくなったかもしれない。怒りが伝わったのか、細腰に回る腕に力がこめられた気がした。
「お前が人の子を孕めば、こうして過ごせるのは二ヵ月だ。獣人の子だと、たった二週間しかいられねぇだろ」
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