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呆れた。そんな理由で人間の子を孕めだなんて。生まれたときから……いいや孕んだ瞬間から、父親である獣人に見放される、人間の子が不憫すぎる。
腰に巻きつくラシャドの腕をどうにか引きはがそうと引っ張ってみる。だが離れなかったので、仕方なく硬い腕をぺしんと叩いた。
「もっと嫌です。祝福もされないのに、親の勝手で生まれてくる子が可哀想だ」
ルト自身、捨て子だった。ルトのような身寄りのない子を作りたくなかった。固い意思をこめて突き放したルトに、ラシャドはただ黙って、自嘲めいた表情で口角をあげた。
***
ラシャドと過ごす時間が残り数日で終わる。エミルやパーシーたちは変わらずにいるだろうか。結局、紫苑殿に移ってから一度もみんなと会えていない。
エミルに至っては朱華殿を飛び出したきりだ。長いようで短かった二週間足らずを振り返り、中庭で日課となった水やりをしていた。
ぼんやり考えて、張り出た腹を無意識に撫でる。子どもが生まれたら、ラシャドは会わせてくれるだろうか。紫苑殿から解放されるのが、嬉しいのか寂しいのか。どこかで迷う自分がいた。
ラシャドの激しい行為は辛いけれど、紫苑殿で過ごす日々は予想外に穏やかだった。まるでぬるま湯につかっている心地良さだ。だから、いつの間にか忘れてしまっていたのだろう、孕み腹という立ち位置を。
ツエルディング後宮では悪夢の足音に敏感だった。常に警戒していたはずだ。しかし今のルトには気づけなかった。ひっそりと、じわじわと、近づいてくる悪魔の音に。
気を抜いていたらどこかで物音が聞こえた。だが今日は食材を頼んでない。それにラシャドは外せない護衛があると言っていた。他の獣人は紫苑殿に近寄らない。多分、聞き間違いだろう。
水やりを続けた瞬間だ。棒立ちするルトを挟みこむように、背後から二本の剛腕がにょきりと勢いをつけて伸びてきた。
「な……っ?」
突風にさらわれたように軽い身体が一瞬で宙に浮く。浮遊感に囚われれば、すぐさま固い地面に叩きつけられた。持ち上がった小さな背中が砂利の上で強打する。衝撃でルトの呼吸が詰まった。伸しかかる重力に圧迫されて、喉が塞がり声も出ない。一瞬の出来事だった。痛みはあとでやってきた。
ひっくり返った晴天が眩しい。きつく閉じた瞼の裏が閃光を放った。数秒遅れで呼吸を再開し、やっと、反射的に瞑った目を薄く開いた。息が詰まる喉元に手を添えたいけれど自由がきかない。そこでようやく、激しく押し倒されたと理解した。
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